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女 の





「お疲れー」
「ああ。お疲れ。気をつけて帰れよー」
「秋広っ!!この後、俺ら本屋寄ってくんだけど。お前も行くか?」

そう声をかけてきた部活仲間に、いーやと言って首を横に振る。

「悪いな。俺、行くとこあるから」
「そっか。じゃあ、また明日な」

手を振りながら背を向けて走り出した友人に、俺は手を振りかえした。
これから行く所。そこに行くことは、もう日課となっていた。

仲尾とあの日病室で、無事に手術を終えることが出来たらあの公園でもう一度1から始めようと約束した。 あの約束の日から、もうすぐで一ヶ月が経つ。けれど、未だに その約束は果たされていないのだ。


「あら?今日も来てくれたの?」
「あ、はい。こんにちは」

仲尾が入院している病院へ俺は毎日のように通うようになった。部活があって、会う時間がたとえどんなに 少なくても、俺は毎日毎日この部屋にやってきていた。

「まだ、目‥‥覚めないんですか?」

俺の問いに、何とも言えない表情をして薄く笑う。そしてそっと頷いて、目が覚めていないことを俺に無言 で告げる。

落胆する心を隠すことが出来ない。
仲尾の手術は無事成功した。でも、仲尾は目を覚まさない。ずっとずっと、手術が終わっても眠り続けてい るのだ。

「そうですか」
「‥‥もうすぐ、一ヶ月が経つっていうのにね」
「‥‥そうですね」

しんみりとした空気が仲尾の眠る病室を覆う。
生きているのに。手術は成功したのに、どうして仲尾は目を覚まさないんだろう?もうすぐ一ヶ月。ひとつ きも経つというのに‥‥。待っているだけということが、こんなにも辛いことなんだと 俺は初めて知った。

「時々、何もしてあげられない自分に苛立つことがあるわ。毎日毎日、ただ眠り続ける有紗を見て いるだけ。‥‥早く、目を開けて欲しくて。早く、声を聞かせて欲しくて」
「おばさん‥‥」
「代わってあげられるなら、代わってやりたいのに。それさえも、叶わないのですものね」

いつも俺に対して、気丈に振舞っている仲尾のお母さん。けれども、不安を隠しとおすことはやはり無理な ようで、たまに こういう風にして弱音を吐いたりすることがある。そんな弱音を俺はいつも聞いているのに 何も答えてあげることが出来ずにいた。

一体何を言えばいい?俺だって、そういう考えを持っているのに。そんな俺が、一体おばさんに何を伝える ことが出来るというのだろう。

「ごめんね。私が、気弱になってちゃ駄目よね」
「‥‥‥‥」

早く早く、目を覚ましてくれ。それだけを願って今日もここまでやって来たんだ。
俺との約束、忘れたわけじゃないだろう?忘れてないから、こうして生きてるんだろう?なら、早く目を開 けて俺を見て?声を聞かせて。1から、1からやり直そう?もう一度、君にはっきりと伝えたいことがある 。


――― 好きだよ。


その一言を君に聞いてもらいたいんだ。


「待つことが、こんなにも辛いものだっていうこと。初めて知りました」
「‥‥そう」
「こんな辛い思いしたくなんかないけど。でも、待たなくちゃいけないんですね」
「‥‥そうね」
「いつ仲尾が目覚めても寂しくないように、ずっとずっと待ち続けてあげなくちゃいけないんですよね」
「尾沢君」
「何ですか?」
「‥‥有紗は、‥‥ちゃんと意識を取り戻すと思う?」
「思いますよ」
「‥‥ありがとう」

待ってるよ。俺はいつまでも。君が目覚めるその日まで。
未だベッドに眠り続ける君をおばさんと二人でずっとずっと見守っていた。


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