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女 の





君との約束を守りたい。

そう、心の底から思っているのに‥‥。この闇の中から、私は抜け出せない。


心細さに胸を締め付けられて、何度も何度も息の詰まる思いをした。けれど、これは私に与えられた乗り越 えるための壁。

「‥‥ここで、逃げちゃだめだよね」

逃げれば、もう尾沢との約束を守ることが出来ない。尾沢との未来を見ることが出来ない。そんなのはイヤ だ。だから、逃げない。
でも、正直ここにいるのはかなり辛かった。楽になれるものなら、なってしまいたかった。楽になるという ことは、生きることを諦めて死ぬことを選ぶということであって、尾沢との約束を破ることに繋がる。

最悪の事態を予想して、私は勢いよく頭を横に振る。迷いを断ち切るようにして‥‥。

――― 『しぶといやつだな』

「 !? 」

聞き覚えのある声が頭の中に響いてハッとする。

――― 『正直、もうお前は死ぬものだと思っていたよ』

初めてこの声を聞いたときは、自分の置かれた状況などを冷静に判断出来ずにいて 大した反論も出来ずにい た。けど、今は違う。大分落ち着いてきて、私の生きる希望が何なのか。何故、生きたいと思ったのか。ち ゃんと理解出来ている。何を聞かれても怖くない。

「死なないよ。私は、死ねない」

――― 『何故?』

一度目を閉じて、さまざまな情景を脳裏に巡らせる。
私の背を押してくれた大事な人。私の帰りを待ってくれる大切な家族。何にも代えられないかけがえのない 人たち。

「私の帰りを待ってくれる人たちがいる」

――― 『けれど、お前は一度その人たちを裏切ろうとしたのだろう?死という形で』

「‥‥そうね。でも、前にも一度言った。死を覚悟したのは過去の話だと」

汗ばむ手をギュッと握り締めて、姿の見えない相手に向かって力強く話し掛け続ける。

「私は確かに生きることを自分から放棄しかけた。でも、生きる勇気を与えてくれたのは 尾沢君だった。昔 も今も、私は尾沢君に救われた。その彼が言ってくれたのよ?手術が成功したら、もう一度あの公園で会お うって。だから、私は帰らなきゃ駄目なの」

――― 『お前の居場所は確かにそっちの世界にもある。けれど、』

「けれど?」

――― 『この世界にも、死者の世界にもお前の居場所がある。それも事実だ』

「いいえ。私の居場所は 一つだけよ」

沈黙が続く。私の意見を最後まで聞く気のようだった。

「尾沢君のいる場所。元いた世界よ」

――― 『‥‥迷いは、ないな?』

「ないわ」

――― 『‥‥いいだろう。ならば、見せてやるよ』

「‥‥え?」

突然眩い光に包まれて、闇が消え去る。けれど、その光はすぐに消えてまた元通りの闇が戻ってきた。けれ ど、たった一つ違うものがあった。

「尾沢‥くん‥?」

掠れる声で、愛しい人の名を呟く。目の前で揺れるぼやけた影に確かに尾沢の姿が映っていた。

『‥‥頑張るから。‥だから、お前も頑張れよな』

彼が握り締めているその手の持ち主は、私自身だった。頑張れよと声をかけてくれた彼の姿をじっと見続け る。目から零れ落ちる涙を拭おうとは思わずに、ただじっと尾沢の姿を見つめていた。

「帰るよ。守るよ。‥‥必ず」

遠くに小さな一筋の光が見えた。その光に気付き、私はやっと涙を拭いしっかりとした足取りでその光に向 かって歩きはじめる。世界で一番大好きな、君との約束を守るために‥‥。


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