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女 の





差出人不明の手紙を受け取った。でも、

『約束の場所で待ってる』

その一言で、この手紙が誰から送られてきたものなのかすぐに見当がついた。

勢い余って、何度も何度も躓いてこけそうになった。今まで生きてきた中で初めてかもしれない。こんなに 急いだことは‥‥。
それくらい、俺は必死だった。手紙は貰った。筆跡だって本人のものだと思う。でも、信じられなくて 信じ 切れなくて‥‥俺はただひたすら約束のあの公園目指して走っていた。

「 !? 」

公園のブランコに、一人の少女が座っているのが視界に入った。その瞬間、信じられないスピードで心臓が 動き出す。どうすればいいのか分からなかった。言いたいこと、したいことはちゃんとあるのに、上手く身 体を動かすことが出来ずに ただそこに立ち尽くしていた。今、目に映るものを俺がどれだけ待ち望んでいた か、お前は知っているのだろうか?
そんなことを考えているうちに、少女がこちらに視線を向けた。

「‥‥尾沢くん?」

そしてゆっくりと立ち上がり、俺の名前をポツリと呟いた。その声を聞いてやっと、身体が自由に動くよう になり 焦って転ばないように慎重に彼女との距離を縮めていった。
彼女の目の前までやってきて、手を伸ばせば掴める距離までやってきて、漸く俺は口を開いた。

「‥‥仲尾‥」
「抜け出してきちゃった」
「え?」
「病院」
「なっっ!?」

さらっと笑顔で言ってのける仲尾に驚き絶句する。けれど、次第に怒りが込み上げてくるのを押さえること が出来なかった。

「‥‥会いたかったんだもん。約束、守りたかったのよ?」
「馬鹿言うな!!」

目の前にいる彼女をきつくきつく抱きしめる。この腕の中にいる存在を確かめるために、不安を打ち消すた めに。

「‥尾沢‥くん?」
「―― 馬鹿なこと言うな。抜け出してきちゃった、じゃないだろ?俺だって、お前と会いたかったよ。ず っとずっと、この日がくるのを待ってたよ。でも、先生の許可もなしに抜け出てくるのは許さない」

自然と声が震えた。それに気付いたのか、背中に回す仲尾の手に少し力が入る。

「もし、もし‥お前にまた何かあったら、俺はどうすればいい?仲尾が目覚めるまで、怖かった。もう、こ のまま目を覚まさないんじゃないかって‥‥ずっと怖かった」
「‥うん。ごめん」
「自分の身体だろ?もっと、大切にしてくれ。そのほうが、ずっと嬉しい」
「‥‥うん」

張り詰めていたものが一気に無くなったような気がした。その安堵感からか、俺は気がつけば涙を流してい た。仲尾の肩に顔を埋めて、彼女の存在を確かめながら涙を流す。

「もう、どこにも行くなよ」
「ずっとここにいるよ。そのために、私は帰ってきたんだから」

きっと彼女は気付いていただろう。俺が泣いていたことに‥‥。でも、彼女は何も言わずに俺に肩を貸して くれていた。しばらくずっと無言のままいたけれど、突然その場にそぐわない軽快なメロディが鳴り響いた 。

「え?何?」

少し驚いたような声を仲尾が発する。俺は、聞き覚えのあるメロディにハッとして自分のズボンのポケット に手を突っ込む。

「‥‥俺の携帯だ」

仲尾に断ってから電話に出る。電話の相手は仲尾のお母さんだった。書き置きだけを残して行方を眩ました 娘を心配して、俺のところに来てないかどうかを確認したかったようだった。そのことを仲尾に伝えると、 彼女は苦笑いを浮かべていた。

「そろそろ帰るか。病院に」
「‥‥うん」
「しばらくは安静だろ?」
「私は全然平気なんだけどね」
「お前なぁ、そんなこと言ってっからおばさん心配すんだよ」
「分かってるって」

病院までの道のりを、彼女と二人で笑いあいながら歩いていった。


一人で歩いたこの道は、とてもとても長いもののように思えたけれど、今日彼女と二人で歩いたこの道は、 とてもとても短いもののように思えたんだ。


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