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わがままな姫君



『わがままな宣告』(1)


「姫乃さんっ。好きですっ!!」

顔から耳まで真っ赤にしてそう告白する男子生徒。
けれども、告白された女子生徒のほうはしらっとした表情でその告白を聞いていた。
なかなか返事が返ってこないことに痺れを切らした男が、おそるおそる俯けていた顔をあげる。すると、顔 をあげた先では『姫乃』と呼ばれた女子生徒がにっこりと微笑んでいた。

「っ!!」

その和やかな空気に、男はもしかしてと期待する。
緊張して強張っていた表情を少し緩ませたその瞬間‥‥

「ごめんなさい。あなたの気持ちに答えることは出来ないわ」

一気に崩れ落ちたわずかな期待。男の顔がピシリと固まり、その場の空気が凍りついた。しかし、姫乃だけ はニコニコと笑っている。

「ど、どうして‥」

勇気を振り絞って出した声。出てきた言葉はたったそれだけ。
姫乃は彼の問いに答えるためだけに口を開く。微笑みは消して、心の底から申し訳なく思っているという表 情を作りあげる。

「あなたの気持ちはとっても嬉しいの。でもね、今は友達と楽しく過ごす日々を大切にしたいから‥‥恋愛 とかって考えられないの。ほら、高校時代の友達って大切でしょう?」

優しく問い掛けてる姫乃に、男はひたすらコクコクと頷く。
その様子を見て、姫乃は最上級の笑顔をみせた。そっと男の手をとって両手で握り締める。

「そう!!理解してもらえたのねっ。嬉しいわ」
「ひ、姫乃さんっ」
「これからもいいお友達でいましょうね?」
「はいっ。もちろんですっっ」

姫乃の笑顔と姫乃に握り締められた手の熱に浮かされて、男はポーッとしている。姫乃は、男の手を放して じっと男の瞳を見つめた。

「それじゃあ、またね。西木くん」
「えっ‥。俺の名前っ」
「もちろん知ってるわ。今日はありがとう。嬉しかったのは本当のことだから」

ひらひらと手を振って、姫乃は西木に別れを告げる。
西木は自分の名前を姫乃が知っていたことに興奮しながら、ぶんぶんと勢いよく手を振りかえしていた。





********





軽やかな足取りで姫乃は教室への道筋を辿る。

「フフフフッ」

さっきまでの可憐な少女の表情は消え去り、今は怪しげな笑みを浮かべていた。

「美しさって、罪よねぇ」

誰も近くにいないのをいいことに、姫乃はひとり自分の世界に浸っていた。
けれど、その姫乃に後ろから近づいてくるものがいた。

「‥‥姫乃」
「ぅわっ!!」

誰もいないと信じていた姫乃にとって、これは予想していなかった出来事だった。
冷汗がタラリと頬を流れる。それでも、自分の動揺を他人に悟らせないように精一杯の笑顔を作る。

「何かしら?」

何事も無かったかのような顔をして、姫乃はさっと振り返った。
けれど、そこに立っていた人物の姿を見るや否や姫乃は愛想笑いを消し去った。

「何だ、菜穂子じゃない。作って損した」

そんな姫乃を見て、菜穂子は溜息をつく。

「何よ。何か文句でもあるわけ?」
「あんたいつかばれるわよ、その本性」
「大丈夫よ。私は、そんなヘマしないわ」

今、その本性が暴かれる危機に遭ったというのに姫乃は呑気にそう答えた。

「もし、これが私じゃなかったらどうするの?あんたの怪しい笑い声、ばっちり聞こえたわよ」
「別に。‥誤魔化せる自信あるもの」
「あっ、そう。一体何処から来るのかしらねぇ、その自信は」
「私の中からに決まっているでしょう?」

自信たっぷりにそう答えた姫乃に、菜穂子はもう一度盛大に溜息をついたのだった。


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