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わがままな姫君



『わがままな恋心』(1)


「おはよう。浅川くん」

姫乃がニコッと微笑みながら朝の挨拶をすることは日課である。

「ああ。おはよう」

挨拶された少年は素っ気無くそう返事をした。
姫乃の笑顔で、他の男子生徒のように卒倒するほど喜んだりするわけでもないその少年の名は浅川 皇。
2週間前に転校してきた彼は、当初から姫乃の猫被った笑顔に騙されることは無かった。その上、姫乃の本 性を知ってしまったこの学校で唯一の男子生徒である。

「‥アラ、こんな所に糸くずが」

そう言って手を皇の肩に伸ばす姫乃。
それをやんわりと断って自分で糸くずを取った皇。

「教えてくれてありがとう。穂高さん」

行き場を無くした右手を宙に浮かせて姫乃は顔をひくつかせる。
そんな姫乃に対して皇はにっこり笑ってこう言った。

「なぁ、俺を惚れさせるんじゃなかったのか?」
「‥っっ!!」

面白そうにニヤリと笑って、皇は教室に向かって歩いていく。
姫乃の挨拶が朝の日課であるように、皇が姫乃を軽くあしらうことも朝の日課になりつつあったのだった。





********





「で、今日はどうだったの? って、聞かなくても分かるか」

1時間目は体育。着替えてから運動場に出るまでの短い時間に菜穂子はそう姫乃に聞いた。
その問いかけに答えるまでもなく、姫乃のくやしげな表情が何もかも語っていた。

「あいつ本気でどっかおかしいんじゃないかしらっ」
「何で?」
「だって、もう転校してきて2週間よ? なのに、少しも私に靡いてる様子が無いってどういうことよっ!!  こんな事態誰も予想していなかったはずよ!!」
「でも、前より会話の数増えたじゃない」

転校初日は、姫乃がいくら話し掛けようと素っ気無く一言二言で会話を終了させようとしていた。
けれど、姫乃の本性がばれてからは少しずつだったけれど会話が成立していくようになったのだ。今となっ ては、あの時本性がばれたことはいいことだったのかも知れないと菜穂子は思い始めていた。

「あんなもの、会話してるだなんて認めないわ!!」
「え?」

拳をギュッと握り締めて姫乃はギッと菜穂子を睨みつける。

「菜穂子。あんたはアレが会話しているように見えるの!? 毎回毎回私が話し掛けて、あいつはそれに対 して適当に返事をしているだけよ!? この私が話し掛けているのにっ!!」
「ひ、姫乃。落ち着いて‥」
「落ち着いてなんかいられるもんですか!! きーっ、浅川 皇っ。あいつの悔しげに歪んだ顔を一度でいい から拝んでやりたい!!」
「えっ、は?」

(悔しげに歪んだ顔?)

思わず疑問を抱いた菜穂子。
姫乃は自分に惚れ込んだ男の顔を見たかったんじゃないだろうか?

「何よ、その顔」

疑問符を飛ばしまくって怪訝な顔をしていたのだろう。菜穂子の表情に気付いた姫乃がそう声をかける。

「‥姫乃、あんた浅川くんの悔しげな顔が見たいの? 自分に惚れた顔じゃなくって?」
「そうよっ」
「どうして?」

菜穂子がそう問い掛けると、姫乃は何を馬鹿なこと言っているの? というような顔をして菜穂子を見返し た。

「決まってるじゃない。なんか私のほうが負けてるような気がして悔しいからよっ」
「負けてるって?」
「だって、私休み時間に入る度に浅川 皇に話し掛けてるのよ? なのに、あいつの態度は素っ気無いし。こ れじゃまるで、私が浅川 皇のことが好きみたいじゃないのっ!!」

確かに。
そう感じて菜穂子はうんうんと頷いた。
姫乃は前を見据えて声を荒げた。

「そんなこと許されないのよっ!! 私が1人の男に心を奪われるなんてことあってはならないのよっ!!」
「いや、別にそんなことは‥」
「いいえ許されないわ。世界中の男はね、私が好きになるために存在するんじゃないの。“私に”惚れるた めに存在するのよっ」

姫乃が自信満々にそう言い切ると、充分理解していたつもりだったけれどやはり菜穂子は頬を引き攣らせて しまった。

「で、このままじゃあまりにも悔しいから欠点を見つけてそれをネタにアイツを振り回してやるのよ!!」
「‥‥そんなことしたら逆に嫌われるんじゃ‥」
「大丈夫よ。その辺は私の可愛らしさと美しさでカバー出来るわ」
「‥‥その“可愛らしさと美しさ”が通用しないから苦労してるんでしょうが。‥っう」

すさまじい殺気を感じて隣に目をやると、恐ろしい形相で姫乃が自分を睨みつけていたのだ。

「‥‥ゴメンナサイ」
「とにかくっ。浅川 皇っ、アイツの欠点を探す所からすべては始まるのよ!! いいわねっ、菜穂子!!」
「え、私も!?」
「当たり前でしょ!!」

(どうして私が‥‥)

その言葉を何度口に出せずに飲み込んだことだろう。
そんなことを考えながら、体育の授業に挑んだ菜穂子の朝。


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