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わがままな姫君



『わがままな恋心』(2)


運動場では、すでにクラスの体育委員が並ぶように指示を出し始めていた。
姫乃と菜穂子は最後のほうで、少しクラスの迷惑になっているのだが、姫乃がいるということで視線による 「もっと早く来いよな」「遅いんだよ」っていう攻撃は全く無い。
ある意味、菜穂子もこういうところで得をしているのだが、本人は気苦労が絶えないのでそんな得には全く 気付かないでいた。

「体育委員。全員集まったか?」
「はい。集まりました」

欠席者の確認などを体育委員と体育教諭の間で済ませ、次は体操を始める。
姫乃はありえないぐらいに優雅にラジオ体操を行う。
それを初めて見た者は必ず呆気に取られていた。けれど、皇だけは何の表情の変化も無いまま体操を続けて いた。

体操が終わって、さぁ授業に入ろうかという時に教師の後ろに今日の授業で使うであろう小道具が姫乃の視 界に入った。

「ん?」
「どうかした?」

姫乃の漏らした一声に菜穂子が声をかける。
姫乃は教師の後ろをジッと見つめて、そこにある代物が何であるかを見極めようとしていた。

「‥‥テニス?」

そこには、小さいボールの入った籠が置いてあった。ボールの色が黄色である。
先ほど体育委員が倉庫からラケットを持ってきて、ボールの籠の近くにドスッと下ろした。
それを見て、姫乃はやっと気付いたのだった。

「今日からしばらくはテニスをしようと思う」

教師が腰に手を当てて生徒にそう告げる。
その教師の格好を見て、姫乃はいつも思うのだった。

(そんなに踏ん反り返る必要が何処にあるのだろう?)

その場にいる生徒達も一度は感じたことがあるのだが、誰もそれを口にしたものはいない。

「各自ペアを組んで時間一杯練習すること。ただし、コートが足りないので交代しながらやってくれ。いい な?」
「はーい」

教師がそう確認を取り、生徒はそれに対して適当に返事をする。
声に出していない生徒のほうがきっと多いだろう。
ちなみに、姫乃は声を出さずに先生と目が合ったときにだけニッコリ微笑んで分かっていることをアピール するのだった。





********





パコーンッ パコーンッ

ひとつのコートでは、ただの体育の授業だというのに素晴らしく綺麗で上手なラリーが展開されていた。

「‥‥‥‥」
「へぇ〜。なかなかやるじゃん」

そのコートで行われているラリーを姫乃は渋い顔で、菜穂子は感心した顔で眺めていた。
隣で渋い表情を浮かべている姫乃に気付いた菜穂子は、「どうかした?」と何気なく声をかけた。

「‥‥別にッ。どうもしないわっ」
「‥‥そんな風には見えないけど‥」

フンッ。とそっぽを向いてしまった姫乃に菜穂子は溜息を吐いた。
最近姫乃は、『地』を隠すということについて疎かになってきているように思う。
今だって、こうやって不機嫌面を公けにして『いつも笑顔の可憐な美少女』の姿は何処にも見当たらない。

「やだっ。ちょっと浅川君テニス出来るんだっ」
「本当だぁ。アレならすぐにでもレギュラー取れるんじゃない?」
「ねぇー!!」

すぐ近くで黄色い声を上げているクラスメイトが居た。
その声は姫乃の耳にもしっかりと届いており、姫乃の眉がピクピクと震えた。
姫乃の目の前で繰り広げられるラリーの応酬。
それを行っているのはどちらも現役のテニス部員で、片方は皇であった。

「顔も良いし、勉強も運動も出来るなんて最高だよね〜」
「ねぇ〜。思い切って告白とかしちゃおっかな」
「あんたじゃ無理だって」
「何でよっ」

そんな会話を姫乃は眉間に深く深く皺を刻み込んで聞いていた。
その姫乃の姿を菜穂子は面白そうに眺めている。

「姫乃。‥気になるの?」
「何が」
「さっきの会話」

キッと姫乃は菜穂子を睨みつける。

「どうして私があの子たちの会話を気にしなくちゃいけないのよ」
「だってその顔」

菜穂子はツンッと姫乃の眉間を突付いた。

「‥太陽が眩しいだけよ」

フンッ。とまたそっぽを向いてしまった姫乃。それを見て、また菜穂子は溜息を吐いた。
そうこうしている内に皇達の時間は終了し、次は姫乃と菜穂子が打つ練習をする番になった。
練習を終えた皇がラケットとボールを持ったまま姫乃達のいる所までやってくる。それに気付いて、姫乃は チラッと視線を上げた。

「ん。次、お前らの番」

そう言って手渡されるテニスボール。
あくまでもごく普通に差し出されたテニスボールを姫乃は奪い取るようにして掴んだ。

「‥‥‥‥」
「あ、ゴメンね。ありがとうっ」

何も言わずにボールを取った姫乃の行動に呆気に取られていた皇。
菜穂子は姫乃の行動を取り繕うかのように慌てて謝罪と御礼を言った。

「あ、ああ」

姫乃の機嫌が悪い理由が分からない皇はその授業の間、ずっと首を傾げて過ごしていた。
けれど、姫乃は一度だって皇のことを見ようとしなかったので、そんな皇の姿に気付くことはなかった


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