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わがままな姫君



『わがままな恋心』(3)


体育の授業が終わってからも、姫乃の機嫌は最悪だった。
ずっと仏頂面で、愛想の欠片も見当たらない。普段の姫乃からは想像も出来ない姿だった。
姫乃信者の人たちなんかは、今の姫乃の姿を信じたくなくてこれは夢だと呪文のように唱えているのだ。
さすがにこれに気付いてしまったとき、菜穂子はあいつらは本当の馬鹿だとしみじみ考えてしまった。
近くを通らなければいけないときなんかは、絶対目を合わさないように厳重な注意を払わなければならない のだ。
うっかり目が合ってしまえば、「姫乃さんは一体どうしたんだ!?」の質問攻めにあってしまうことは分か りきっている。
姫乃に一番近い人間は、この学校で菜穂子しか存在しないから。
けれど、その菜穂子と並ぶことが出来るような存在が最近1人現れた。
それが、浅川 皇である。

「なぁ」

菜穂子はお手洗いから無事に生還して、自分の席に突っ伏して残りの休み時間を優雅に過ごそうと考えてい た。

「なぁっ」

何か後ろから聞こえたような気はした。
でも、自分にかけられたものなのかどうかが分からなくて、菜穂子はそのまま無視を決め込んでいた。

「おい。瀬田 菜穂子」

自分の名前を呼ばれてやっと、菜穂子は顔をゆっくりと持ち上げた。
それから影の出来ている机を見つめ、視線をやや上にあげる。
するとそこには思案顔の浅川 皇の姿があった。

「浅川君じゃない。どうかした?」

菜穂子が首を傾げながらそう尋ねると、皇は少し迷ったの後に口を開いた。

「えーっと。アイツ、どうかしたのか?」
「は?」
「アイツだよアイツ」

皇の指すアイツというのは姫乃のことだろうか?
菜穂子がそう考えている目の前では、皇がどう言えばいいものかを悩んでいた。

「アイツって、‥姫乃のこと?」
「‥‥ああ」
「どうかしたって‥。気になるの?」

ニヤッと口端を持ち上げながら菜穂子は皇にそう聞いた。
皇は菜穂子から返ってきた返事を耳にすると、眉間に深く深く皺を刻んだ。

「ずっと睨み続けられれば誰だって気になるだろう!?」
「‥はぁ」

(そりゃそうだ)

菜穂子は1人うんうんと納得して頷いていた。

「とにかく。俺を睨みつけてくるってことは、何か俺がアイツの気に障るようなことをしたってことだろう ?」

(いや、そうとも限らないんじゃないだろうか。だって姫乃はわがまま少女)

相手が姫乃に危害を与えていなくても、姫乃は自分で勝手に不愉快になってしまうような人だ。
そう。機嫌が悪くなった理由を聞いてみれば、全然大した理由じゃなかった時のほうが多いのだ。

「最初は見て見ぬフリをしてたけど、さすがにこうもずっと睨み続けられると疲れる」
「‥だろうね」
「だから、何か理由知ってたら教えて欲しいんだけど」

疲れきった様子で深く深く全身で息を吐き出す皇。
その様子を見て、菜穂子は知らず知らずのうちに苦笑いを浮かべていた。





********





結局、姫乃の親友である菜穂子に聞いても姫乃の機嫌が悪い理由を解明することは出来なかった。
そうこうしているうちにあっという間に放課後になり、姫乃にずっと睨み続けられた1日も終わりを告げた。
皇は心の底から姫乃の睨みから解放されることを喜んだ。

「皇ー!!」

教室の入り口から皇を呼ぶ声が聞こえる。
皇はその声を聞きつけて、鞄に教科書などを詰め込んでいた手を一度止め入り口に目をやった。

「わりぃ。もうちょい待って」
「早くしろよ。遅れるぞ」

同じテニス部に所属している同じのクラスの笹谷 秀之である。
クラスでは副委員長を務め、部活では次期部長を噂されている少年だ。
人付き合いの上手な彼は、皇がテニス部に入部してきたとき一番初めに声をかけた。
同じクラスだということもあり、すぐに親しい間柄になることが出来たのだ。
漸く鞄に全ての荷物を詰め込んだ皇はゆっくりと入り口の方へ向かった。

「待たせたな」
「気にすんなって。それよりも急ぐぞ」
「ああ」

笹谷と一緒に肩を並べて部活へ向かった皇を姫乃はじっと見つめていた。


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