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● わがままな姫君 ●
『わがままな恋心』(4)
「あんた一体どうしたっていうの?」
放課後の教室に、姫乃と菜穂子の二人だけが残っていた。
姫乃はきちんと椅子に座り、菜穂子は自分の机に腰掛けて姫乃の方へ身体を向けていた。
「何が?」
「何がって‥‥。今日、ずっと機嫌悪かったでしょ? 今度は何?」
未だムスッとした表情をしている姫乃を菜穂子は呆れながら見つめていた。
姫乃は菜穂子の問いに答えようとはせずに、ただ窓の外を眺めている。
「ねぇ。浅川君も気にしてたけど?」
ピクッと姫乃の肩が跳ねる。けれど、視線は窓の外から動かない。
「ずっと睨まれてる。俺が何かしたのか? って」
「‥‥‥‥」
口を開かない姫乃。
その様子を見て、菜穂子は盛大に溜息を吐いた。
「確か‥‥体育の時間からよね。姫乃が不機嫌になり始めたのって」
姫乃の表情から少しでも何か情報をと思いながら菜穂子は話を進める。
「更に言うと、‥‥浅川君の練習を見始めてから‥」
「うるさいっ!!」
怒りのオーラを身に纏って姫乃は菜穂子を睨みつける。
おそらく今の姫乃を見たら、姫乃信者の人たちはきっと死にたくなるだろう。
それくらい凄まじかった。
「ふぅ〜ん。‥‥浅川君か」
「っ!?」
何でッ!? てな表情をして目を丸くする姫乃。
それを見て菜穂子は溜息を吐いた。
「そんだけ浅川君の名前に過剰反応示してたんじゃ、私でなくとも気付くよ」
「‥‥別に、過剰反応とかしてないし。菜穂子、視力下がったんじゃない? もう老眼? あぁ、嫌だ嫌だ」
(ここにきて、しらばっくれるか? コノヤロウ)
菜穂子は頬を引き攣らせつつ、無関心を装って窓の外を眺める姫乃の横顔を見つめた。
「なかなか弱点が見つけられなくてイライラしてんの?」
「‥‥そんなんじゃないわ」
この質問に答えた時点で、浅川関係から来る苛立ちだと認めたようなものだぞ? と内心思いつつ、菜穂子
は姫乃との会話を続ける。
「じゃあ、何でイライラしてんの?」
「‥‥‥‥」
「‥言いたくないってか?」
無理に聞こうとはせずに、菜穂子は少し引き気味に姫乃に問い掛ける。
こうすると、姫乃はポロッと本音を漏らすことが多々あるのだ。
「‥っからって‥、‥‥じゃないわよ」
「え? 何?」
ふるふると肩を震わせながら姫乃は言葉を発した。
けれど、その肝心な文章を菜穂子は聞き取ることが出来なかった。
思わず問い返したその瞬間。
キッと姫乃は前を見据えて怒鳴り散らした。
「ちょっとテニスが出来るからって!! ちょっとカッコいいからって!! 調子に乗ってんじゃないわよっ!
! あの浮かれアホ川!!」
「‥‥‥はっ?」
(浮かれ‥‥アホ‥川‥?)
何だソレは? と菜穂子は思わず口をポカーンと開いたまましばらく閉じることが出来なかった。
本当にしばらくそのままで居て、ハッと気付いた瞬間口をサッと閉じた。
それから、まだ言い足りないとでもいうような目つきをした姫乃をじっと見つめて、恐る恐る菜穂子は話し
掛けた。
「えっと‥、姫乃?」
「何よっ」
今にも噛み付いてきそうな雰囲気を醸し出している姫乃に苦笑を浮かべる。
「褒めてるの? 貶してるの?」
「褒めてないわよっ!! あんな奴!!」
(いや、どう考えても最初のほう褒めてたよ?)
そのことを口に出して伝えたかったが、それをすれば止まない言葉攻めにあうのは間違いなかったので菜穂
子はグッと堪えた。
「ちょっとテニスが出来て女の子にキャーキャー言われてるからって、調子に乗ったりなんかして」
(ん? 調子に乗ってたっけ?)
「鼻の下なんかこーんなに伸ばしちゃってて」
(んん? 伸びたとこなんて見たことないぞ?)
「馬鹿みたい。本当に馬鹿みたい。この私に惚れるまで他の子と付き合うなんてこと許さないんだからっ」
(姫乃? あんたもしかして‥‥)
ある一つの推測に菜穂子は辿り着いた。
姫乃は、惚れさせてやると言って何だかんだ皇にちょっかいをかけている内に、姫乃自身が皇を好きになっ
てしまっていたのだ。
けれど、姫乃は今までに自分から好きになったことなど一度も無かったためこの恋心に気付けないでいる。
(あ〜あ。この子に、恋心を自覚させるのは至難の業だわ)
菜穂子は、未だ憤慨している姫乃の前で今日何度目か分からない溜息を盛大に吐いたのだった。
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