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わがままな姫君



『わがままな恋心』(5)


突然鳴り響いた校内放送。
それは、委員会収集のお知らせだった。

「はぁ? 今更? もう帰ってる人絶対居るわよ?」

ぶつくさ呟きながら、菜穂子は立ち上がった。
その様子を見て、姫乃は目を軽く見開いた。

「え、行くの?」
「行くわよ?」
「何で」
「何でって」

どうして行くのか分からないというような顔をして、姫乃は菜穂子を見上げる。
その姿を見て、菜穂子はなんとも言えない顔をして姫乃を見返した。

「あのね、姫乃。私、委員長なの」
「知ってるわよ」
「で、今収集がかかったの」
「うん。だから?」
「だからって‥」

すべてを理解していてなお、姫乃は何故行くのかを問うているのか。
菜穂子は目を瞬かせた。

「部活で残ってる人以外、ほとんど帰ってるわよ。別に行かなくてもいいじゃない」
「あのねぇ」
「別に、菜穂子が行かなくても怒られやしないわよ。こんな遅くに連絡も無しに収集掛けるほうが非常識な のよ」

(確かにその通りだけど‥)

菜穂子は心の中で呟いた。

「もしかすると緊急で大事な知らせがあるのかもしれないでしょ? 今、対応出来る人が1人でも多く欲しい かもしれないじゃない」
「ふ〜ん。そういうもんなの? やっぱり委員長なんてなるもんじゃないない」
「‥‥あんたがそれを言うか」
「私だから言うのよ」

姫乃には何を言っても無駄なのだと、菜穂子は改めて理解した。
今日何度目か分からない溜息を吐いて今まで座っていた椅子を席に押し込める。
本当に行くんだ。とでも言いたげな表情で姫乃は菜穂子を見上げていた。

「行くわよ。行ってきますとも。姫乃には分からないかもしれないけどね、これが正しい選択なの」
「べ、別に何も言ってないじゃない。勝手に行ってきなさいよっ」
「はいはい。勝手に行きますよ」

どうせまた戻ってくるだろうと思い、鞄は教室に置いていくことにした。
手ぶらのまま教室の出口に向かう。
けれどその途中で、姫乃に言い忘れていたことがあったために一度歩みを止める。

「あ。どれくらい掛るか分からないし、先に帰っててもいいから」
「そんな心配いらないわ。私は、この間に浅川の弱みを探しに行くんだから!!」

ギラギラとした輝きを瞳に宿しながら姫乃は意気込んだ。
密かにガッツポーズを決めているのが目に入り、可憐な彼女の姿は見る影もない。
纏うオーラはこれから戦場に向かう戦士そのものだったりする。

(笑えない‥)

「が、頑張ってね」
「言われなくても」

口端をひくつかせながら答えた菜穂子。
姫乃はそんな菜穂子に気付くことは無く、頭の中ではこれからまず何処へ行こうかと考えているところだっ た。





********





いつまでも教室でジッとしてたって仕方が無い。
そう思った姫乃は、とりあえず外に出て当てもなく歩き出した。
中庭や裏庭‥‥。結構知らなかった場所などもあり、この学校の広さを改めて思い知った。

「意外と広かったのね。この学校」

ポツリと漏らした独り言に返ってくる言葉は無い。
けれど、ひとつの目的を抱えている姫乃は、ほんの少しの寂しさに構っている暇など無かった。

「ていうか、浅川よ。浅川 皇の弱点を何としてでも見つけないと」

丁度その時、数メートル先のほうからボールの音が聞こえてきたのだった。

「 ? 」

耳を澄まして、音の聞こえてくるほうへと歩みを進めていく。
慎重に、なるべく音などを立てないようにと注意しながら少しずつ近づいていった。

「 !? 」

次の瞬間、目に飛び込んできた光景に姫乃は目を見開いた。
そこには、壁を相手にボールを打ち続ける皇の姿があった。
少し離れているにも関わらず、その額に光る汗が確かに見えた。

「‥‥なによ」

知らず知らずの内に、ギュッと下唇を噛み締める。
目の前では、眩しいぐらいに真剣な眼差しをしている彼がいた。

「‥‥なによ」

それを見た瞬間、何故だか無性に泣きたくなった。
弱点を見つけるだの、手に入らないものなどないだの、偉そうに豪語していた自分が恥ずかしくなった。

「‥‥っ」

ギュッと胸を締め付ける、この痛みは何だろう。
その時、姫乃の視線に気付いたのか、皇がボールを打つ手を止めて振り返った。

「‥‥アレ? 穂高?」
「‥‥ぁ」

何してるんだ? とでも言いたそうな表情をして姫乃を見る。
皇の視線を受けて、訳の分からない戸惑いが一気に頂点へと達す。

「べ、別に何でも無いわよ!!」
「え、あ‥‥おいっ!!」

そのまま姫乃は走り出した。がむしゃらに。
行く当てなんか無い。何処に向かっているのかも分からない。
ただただ走った。彼の居るあの場所から逃げるように。
正体不明の戸惑いを抱えて、姫乃は走っていた。
いつもより早く脈打つ心臓が、走っているからなのかそれとも別の理由があるのか、このときの姫乃には分 からなかった。


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