BACK | NEXT | TOP


わがままな姫君



『わがままな恋心』(6)


姫乃がハッと我に返った頃には、随分と息が上がっていた。
ぜぇぜぇと大きく呼吸を繰り返しながら辺りを見回す。
すると前方にテニスコートがあることに気がついた。
そんなところまで走ってきていたのかと、少し驚く。
それと同時に、よくここまで全力疾走で来れたものだと驚いた。
姫乃は、くるりと後ろを向いて今自分が走ってきた方向を見つめた。

「‥‥結構‥っ、は、走れる‥っものね‥っ」

先程皇を見かけたところから、このテニスコートまではかなりの距離がある。
その距離を休憩無しの全力疾走で走り抜いたことに、自分で感心していた。
ずっと、体力は無いものだと思っていたのだ。
姫乃は、やれば出来るものだと、胸の内で自分を褒め称えていた。

「あ、穂高さん! 丁度いい所に!」
「え?」

額から流れ落ちてくる汗を拭おうと、ポケットからハンカチを取り出そうとしたとき姫乃の名前が呼ばれる。
その声に反応して、キョロキョロとあたりを見渡すが何処から呼んでいるのかが分からない。

「 ? 」

小首を傾げながら右を向いたり左を向いたりしていると、もう一度声を掛けられる。

「こっち! こっちだって!」

(もうっ! 一体何処よ!!)

そう叫び出しそうになるのを堪えて、もう一度声の出所を探るべく辺りを見渡した。
すると、フェンスにへばり付いて頭上で手を振る人影が見えた。

「あ」

ようやく見つけたと、視線をその人影へと固定させる。
フェンスの向こうはテニスコートだ。ということは、あの人影はテニス部員ということだろう。

「ちょっと! ちょっと聞きたいことが!」

そう言って叫ぶ人のもとへと、仕方が無いので歩み寄って行く。
近づいていくにつれて、その人の顔がはっきりとしてきた。
フェンス越しに姫乃の名前を呼んでいたのは、同じクラスの笹谷 秀之だった。
体育の時間に皇とラリーを続けていた、テニス部員だ。
クラスメイトからは、『笹』や『ヒデ』という愛称で呼ばれている。

「悪ぃな。わざわざこっちまで来てもらって」
「大丈夫よ。気にしないで」

気さくに話し掛けてくる笹谷は、姫乃のことを特別扱いしない数少ない人物の一人だった。
けれど、ただ同じクラスなだけでまったくと言っていいほど接点が無かったため、その事実を今初めて知っ た姫乃である。

「で、聞きたいことって何?」
「えっとさ、皇‥‥見なかった?」

皇。という単語にピシャリと姫乃は凍りついた。
しかし、そんな姫乃には気付かずに笹谷は話を続ける。

「今日はもう終わりなんだけどさ、あいつ帰ってこないんだよ。俺、今日鍵任されてんだけど、あいつ戻っ てこないと締められねぇし」

見かけたことを言わなければいけない。
それは分かっていたけれど、あそこで見た光景を思い出すと何故か緊張して言葉に出すことが出来ない。

「丁度、あいつが走りに出た方から穂高さん来たからさ。擦れ違ってないかなぁと思って。‥‥って、聞い てる?」
「え、あ、うん」

ぼーっとしていた所を下から覗き込まれて、姫乃は心底驚いた。
今は、驚きで心臓がばくばくいっている。

「‥‥見た‥よ」
「あ、ホントに!? 良かったぁ。何処でやってた?」

ぼそっと小さな声で、皇を見かけたことを告げる。
すると笹谷は、即座に皇の居場所を姫乃に尋ねた。
けれども、皇が今何をしているのか知っているかのような物言いに首を傾げる。

「え?」
「だから、練習。何処でやってた?」
「何で‥‥練習って」
「え? ああ、毎日やってるんだよ。あいつ。自己練習に励むのはいいけどさ、戻ってきてくれないと鍵当番 が困るんだよなぁ。同じ場所でするなら呼びにいけるけど、日によって場所が違うし」

困ったもんだと笑う笹谷を前にして、姫乃は驚いていた。
部活外の時間に、自ら練習をするような人間には見えなかった。
苦労もせずに、何でもそつなくこなす人間だと‥‥何故かそう決め付けていた。

「で、何処にいた?」
「あ、向こうの使われてない倉庫があるところに」

そう。そこで、皇は壁を打ちをしていたのだった。
姫乃から皇の居場所を聞き出すと、「ああ、あそこね」と納得したように頷いたのだった。



BACK | NEXT | TOP

Copyright (c) 2006 huuka All rights reserved.





100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!