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心の雪が溶けるまで

小学五年生・夏(4)



その日の夕方。
今日もまた、父のいない食卓に光希は母と二人で着いていた。
二人向かい合って座り夕食を食べ始めたが、今のところまだ会話はない。

「‥‥‥‥」

どうも様子のおかしい母を光希はそーっと伺い見ていた。
目の前の母は黙々と箸を進めて食事を口に運んでいる。
それは、ある意味機械的動作のように思えた。

「どうしたの?」
「えっ?」

光希の視線に気付いたのか、母は突然顔を上げた。
それによって光希は母と目が合い、突然すぎて光希はろくな反応が出来ずに黙り込んでしまった。

「どうかした? 何かついてる?」
「う、ううん。何でもないよ」

光希はプルプルと首を横に振り、不自然な動作で何でもないことを主張した。

「‥‥そう?」
「うんっ」

納得いかないような顔をしつつも、母は箸をまた動かし始めた。
それを見て、光希もさっさと御飯を食べてしまおうと思い、もう一度箸を持ち直して改めて料理と向き合った。


********


父の帰らない日々が続く。
どうして帰ってこないのか? と母に問うと、『遠くに仕事で出かけてるの』というお決まりの文句が返っ てくる。
しばらくの間はそれで納得していた光希だったが、さすがにそれが1週間を超えると少しおかしいことに気 付いた。
嫌な予感がしたのだ。父が帰ってこないという事態が発生したのは何も今回だけではない。
前にも、光希が記憶している中で一度だけ同じようなことがあった。
そのことを唐突に思い出したのだった。

確かあれは、光希が幼稚園に通っていたころのことだった。
その頃の父は単身赴任で、毎週土曜日に家に帰ってくるという生活を送っていた。
父が大好きだった光希は、毎週毎週父が帰ってくる土曜日を楽しみにしていた。
今日、お父さんに会えるんだ! そういつものように楽しみにしていた、ある日のことだ。
その日は何故か、帰って来るはずの父が帰って来なかった。
不思議に思った光希は、母にどうして帰って来ないのかと尋ねた。
すると母は、静かに光希を見下ろして光希と視線を合わせるようにしてしゃがみ込んだ。

「お父さんはね。急な仕事が入って帰ってこれなくなったのよ」

と言った。きょとんとしたまま聞いていた光希。

「かえってこないの?」
「そうよ」

確認のためにそう聞いてみたけれど、返ってきた言葉は父が帰ってこないことを肯定するものだった。
そこで漸く理解することが出来た光希は、悲しくて寂しくて少しだけ泣きたくなった。
それほど楽しみにしていたのだ。
しばらくは、口をヘの字に曲げて拗ねていた光希だったが、次第に機嫌も良くなりまた来週まで我慢すれば いいやと思うようになった。
けれど、待ちに待った次の週にも父は帰ってこなかった。
光希はもう一度母に尋ねた。どうして父は帰ってこないのか? と。
その問いを聞いた母の口から出た言葉は、やはり仕事が入ったのだということだった。

「えーっ!? またぁ?」

そんな不満を光希は思わず漏らした。
光希の不満を聞いて、母は悲しげに瞳を揺らしたが幼い光希には気付くことは出来なかった。
仕事なのならば仕方がない。
そう思って、渋々光希は納得した。そして、また一週間父を待つ日々を過ごすことになるのだ。

だが、いくら待っても父が帰ってくることは無かった。
幼いながらにもさすがにおかしいことに気付いた光希は、しつこく母に問いただした。

「どうして今日もおとうさんは帰ってこないの?」

最初に返ってきた言葉は、例の如く「急な仕事が入ったのよ」ということだった。
いつもなら、それで引き下がっていたけれど、今回ばかりは何度も何度も同じ質問を母に投げかけた。
すると、次第に母の表情が険しくなっていった。
それに気付いた光希が一瞬ビクッとなって、母をジッと見上げる。

「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」

しばらくの間沈黙が続き、口を開いたのは母だった。

「お父さんはね、もう帰ってこないの」
「え?」

無感情にそう告げた母を光希はジッと見つめる。
何を言われたのか分からない。正直、そう思った。
父が帰ってこないって、どういうことだろう? そう思っていた。


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