NEXT | NOVEL

聖なる夜はあなたの傍で(1)



第一夜 『片想い』 side 樋田 琴美


寒空の下、下校途中の私は自転車を漕ぎながら白い息を吐き出した。

「はぁ〜」

ビュンビュンと冷たい風が私に体当たりをしては後ろに流れていく。
自転車を漕ぐと嫌でも受けてしまう冷たい風。
慣れたとは言っても寒いものは寒いのだ。その上、冷たい風は眼に染みる。

緩やかな坂道を私は下っていた。
私が出せる最大限のスピードで、長い長い坂道を全身に風を受けながら。
坂道を下りきって、今度は平坦な道ばかりをひたすら走る。
黙々と、今日の学校の出来事や明日のことを思い浮かべながら。
ときには空を見上げ、どこまでも続く青に引き込まれそうになる。





ねぇ、誰か。
この空の終わりは何処にあるのかを教えて。
空の終わりを知ることが出来たなら、この目で見ることが出来たなら、私は、私は‥‥





「ただいま」

シーンと静まり帰る家の中。
誰もいないと分かっていても、たった一言を期待して私は「ただいま」と言う。
私がまだ幼かった頃は、母は専業主婦だった。
けれど、大きくなるにつれ働きたいと言い始め私が小学校高学年になる頃には共働きとなっていたのだった。
母は性格上家でじっとしていることは出来ないみたいで、ずっとずっと外で働きたいと思っていたようだ。
そんな母のことを、私は幼いながらにも充分理解していたから、働くことを反対するなんてこと出来るはず も無かった。
最初は、鍵を首からぶら提げて帰るのが楽しかった。鍵を持つことが嬉しかった。
けれど、日が経つにつれて誰もいない家に帰るという行為が寂しくて寂しくて仕方なくなった。
そんな時、いつもいつも幼馴染の尚が相手をしてくれていた。


『琴美っ。お前今日も暇だろ?』


そう誘いに来ては、私を連れ出してくれた。この寂しくて冷たい家から。

「わっっ!!」
「っっっ!?」

ガタガタと大きな音を立てて私は壁に背中をぴたりとくっつけて腰を抜かした。

「な、な、な、」

目を大きく見開いて、バクバクいってる心臓を抑えながら私はケラケラ笑っている目の前の人物を見上げた。

「ビックリさせないでよっ。このバカ尚!!」

そう、そこには幼馴染の尚が居たのだ。
大方、隠してある非常用の鍵を使って家の中に入っていたのだろう。
ほぼ家族同然みたいなとこがあるので、尚が家の中に居ても今じゃお母さん達は驚かない。
でもね、私は違う。
尚がこの家に居る。私と二人だけでこの空間にいる。

「お帰り。琴美」

ニコリと笑って迎えてくれる優しい幼馴染。
尚がここに居る。ただそれだけで息が詰まりそうになる。

「‥‥ただいま」

だって、私は、ずっとずっと傍に居てくれたこの幼馴染が好きなのだから。
小学生のときから、尚のことだけを見続けてきたのだから。

「今日は遅かったな‥って、あ‥そうか。お前修学旅行委員か」
「うんそう。尚、今日部活は?」
「今日から試験一週間前で部活休み」
「あ、そっか」

他愛無い会話を繰り返す。その間も、私の胸はチクリチクリと痛み続ける。
それは細い針に内から外から突付かれているようで、苦しい。
この痛みの原因を、私は知っている。
尚のことを、ずっと見ていた私だから気づいている。


尚が私じゃない誰かを好きだということ、ずっとずっと前から知ってる。





NEXT | NOVEL






100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!