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聖なる夜はあなたの傍で(3)



第三夜 『ホッチキス』 side 樋田 琴美


パチン パチン

と、ホッチキスで私はせっせと修学旅行のしおりをとめていた。

誰もいない教室。少し薄暗くなってきた外の景色。
もうそろそろ作業を終わらせて、早く帰らなければならない。
だけど、頑張っても頑張ってもなかなか終わりは見えてこない。
そんな現状に「だって私、作業能率悪いんだもん」などと言い訳をしながら、ホッチキス片手に山積みにさ れたしおり達と向き合っていたのだった。

「‥‥樋田?」
「え‥?」

ガラッと前の扉が開き、そこに1人の男子生徒がジャージ姿で立っていた。
名前を呼ばれたため、作業していた手を一旦休め男子生徒に目を向ける。

「あ、佐伯くん」

男子生徒の正体は、同じクラスで私の後ろの席の佐伯 彼方だった。
まだジャージ姿ということは部活が終わったわけではないのだろう。
それにしても、試験前でも活動する部活は本当に大変だとしみじみ思う。

「どうしたの?部活は?」

開けた扉をもう一度閉めてから、佐伯 彼方はこちらに向かって歩き出した。

「今、休憩時間。‥‥尚に貸せって言われたノート取りに来たんだよ」

そう言って、佐伯 彼方は椅子を引いて机の中をゴソゴソと探り出した。

「あ、そ‥そうなんだ」

尚という名前が出てきた瞬間、心臓が怖いくらいにドキンと大きく脈打つのを感じた。
後ろから、佐伯 彼方の視線を感じる。
ありえないとは思いつつも、もしかすると私の心臓の音が聞こえてしまったのではないだろうか。などと考 えてしまう。

「で?お前は何してるわけ?」
「え?」

後ろでガタッという音が聞こえ、私は反射的に後ろを振り返った。
すると、机の上にドカッと座り上から見下ろすようにしている佐伯 彼方の姿がそこにあった。

「え?じゃねぇよ。何してんだって聞いてんの」
「あ、ああ。えっと、修学旅行のしおり作ってるんだけど」

ホラとホッチキスと出来上がったしおりを差し出す。
私が差し出したそのしおりを佐伯 彼方は受け取り「ふぅ〜ん」と言いながらパラパラと捲っていた。

「‥‥修学旅行委員も大変だな」
「まぁね」

そしてまた、私はホッチキスをパチンパチンと鳴らしだした。
その時に、後ろでもガタッという音が鳴った。
多分、今度は机の上から降りた音だろう。

「 ? 」

そのまま出て行くのかと思っていたら、佐伯 彼方はちょうど真横で立ち止まった。
不思議に思った私はそっと上を見上げる。
すると、私を見下ろしていた佐伯 彼方とバッチリ目が合った。

「‥どうかした?」

チラリと机の上のしおりの山を見て、佐伯 彼方はもう一度私に視線を戻した。

「‥コレ、留めていけばいいんだろ」
「え?」

そう言って、私の前の席に後ろ向きに座った。
向かい合わせの状態になって、まだ出来てないしおりの束を佐伯 彼方は手にとった。

「え?え?佐伯くん部活は?」
「だから、今は休憩時間」

何の問題も無いといった風に言ってのける。

「いやいやいや。休憩時間ってそんなに長くないでしょ」
「‥‥お前が知らないだけ。陸上の休憩時間は長いんだよ」

答えるまでに、少しだけ間があいた。
その瞬間、絶対嘘だと私は思った。
だけど、本当のことを私は何も知らないからそれ以上は何も言えなかった。
陸上部員に休憩時間は長いと言われれば、そうなんだと信じるしかなかった。

「で、でも。ホッチキス一個しか無い‥って、ぁ」
「‥‥問題無い」

サッと取り出されたのは青いホッチキス。
佐伯 彼方は持参していたらしいホッチキスを使ってしおりを作り始めた。
そして私は気づいた。
佐伯 彼方が使用しているホッチキスは学校のものだということに。

ねぇ。知ってる?
学校が貸してくれるホッチキスには、数字が印刷されたシールが貼ってあるんだよ。
ホラ。私の手の中にあるホッチキスにも同じシールが貼ってある。

「‥ありがと」

きっと、最初から手伝うつもりで来てくれていたんだね。
そうじゃなければ、ホッチキスを事前に借りてくるなんてありえないもの。





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