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聖なる夜はあなたの傍で(4)



第四夜 『視線』 side 佐伯 彼方


「え〜。いよいよ、明後日から修学旅行が始るが‥お前ら準備大丈夫か?まだ何もしてない奴、手挙げてみ ろ」

修学旅行前のLHR。
今日でテストは最終日、その日の午後から修学旅行の事前チェックみたいなことを先生がずっと話していた 。

担任の先生が、荷物の準備をしていない奴を調べるために手を挙げさせる。
もちろん、俺も手を挙げていた。
当たり前だ。こんなもの前日にするに決まっている。
どうせ明日は午前で終わりだし、万が一足りないものがあれば午後から買いにいけばいいだけのこと。
俺は、一番後ろの席なのをいいことに、後ろからどれだけの奴が何の準備もしていないのかをじっくりと眺 めていた。

「おいおい。ほとんど全員じゃないか」

ぽつりぽつりと手を挙げていない奴もいるが、大半の奴は手を挙げていた。
担任は、まさかこんなに居ると思っていなかったのだろう。
少し目がテンだった。悪いけれど、少し笑いそうになった。
そんな表情をさせてしまった原因に、俺も加担しているということには、とりあえず背を向けておいた。

「余裕でいるのもいいが、忘れ物だけはしてくんなよ?」

はぁ〜。と一つ溜息を吐いて担任は荷物の話を締めくくった。

「えーっと。今日の掃除は教室掃除だけ、後はさっさと帰って旅行の準備をしろ!!あ、修学旅行委員はち ょっと残ってくれな」

学級委員が「起立!」と声を掛け、ガタガタと椅子を鳴らしながら立ち上がる。
「礼」の合図で軽く頭を下げてLHRは終了。
担任はさっさと教室を出て行った。

机の横に掛けてある鞄を取り、机の中に入っている荷物を無造作に放り込む。
もういつでも帰れる状態になった時、ふと前に居る人物に目を向けてみると、そこにはまだ鞄に荷物を入れ ている樋田の姿があった。
自分と違って丁寧に鞄のなかに荷物を入れていく樋田の後ろ姿。
こういう何気ない普段の行動にも、人の性格っていうものは現れるものなのだとしみじみ思った。
担任が行った荷物の準備に対する質問にも、樋田は手を挙げていなかった。
計画性というものがあるんだろうな。俺と違って。
ちょっと情けなくなって軽く溜息を吐く。
すると、それに気付いた樋田がさっとこちらを振り返った。
ばっちり目が合ってしまい、思わず固まる俺。
そんな俺の様子に気付き、プッと樋田は吹き出した。

「どうしたの?突然溜息吐いたりなんかして」
「いや、別に‥」
「変なの」

フフフ。と笑う樋田の表情に目を奪われる。
そんな自分に気付いて、何気ないふりを装って下を向き鞄をいじくり始めた。

「変じゃねぇよ。誰だって溜息ぐらい吐くだろうが」
「そうだけど。佐伯君の場合、溜息を吐くタイミングが可笑しかったんだもん」
「どう可笑しかったよ」
「何の前触れもなく吐いたところ‥とか?」
「俺に聞いてどうする」
「ハハハッ」

笑って誤魔化そうとする樋田。
だけどまぁ、突然背後で溜息を吐かれると樋田でなくても何だ何だと思うよな。
そう思うことにして、話題を変えるために俺は口を開いた。

「今日、委員って何すんの?」
「さぁ?私も知らない」
「何も聞いてなかったわけ?」
「うん。残れって言われただけ。どうせ、もう一度決定事項の確認とかするんでしょ」
「ふぅん」

「彼方ーーっ」

突然元気よく呼ばれた俺の名前。それに驚いて、目を丸くする。
けれど、名前を呼んだ奴を見てギクッとして固まった。
恐る恐る樋田に視線を戻すと、同じように固まっている姿がそこにあった。

「今日部活休みだろ?ゲーセン行かね?」
「あ、ああ」

廊下から俺を呼ぶ尚の姿。
それに目を奪われて硬直する樋田。
無意識にぐっと一度拳を握り締めて、俺は鞄を肩に掛けた。

「じゃあ、委員頑張れよ」
「‥‥え。あ、うん。佐伯くんも」
「‥‥ああ」

俺が声を掛けてから数秒後。慌てて俺に視線を戻した樋田。
取り繕うようにして向けられる笑みが、無性に俺を虚しい気持ちにさせた。

少しでもいい。少しでもいいから‥‥。
尚に向けるその視線を、俺にも向けて欲しいと願った。





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