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ただ君の幸せを‥‥。

13.指輪



高校生活最後の夏がやって来た。
今日から待ちに待ったの夏休み。
嬉しいことこの上ないけれど、受験生の私に休みは無いんだとお母さんは言った。


「留美!!あんた予備校に行くんじゃなかったの!?」

「もうすぐ行くってば!!」

一階から聞こえる母の声。
それに答えた私の格好は、いまだパジャマのまま。
正直な話、ついさっきまで寝ていたので もうすぐで行けるはずが無い。
でも、行くと答えておかないと 怒鳴られることが充分分かっていたのでしょうがない。

「えっと、服‥服‥‥――」

いそいそとクローゼットを開けて、今日着る服を物色し始めた私。
その時、首からスルリとチェーンが滑り落ちる音がした。


―――コツンッ


足元に落ちたものは、光り輝くシルバーの指輪。
慌ててそれを拾い上げて、チェーンを指輪に通し直して首から下げた。

「危ない危ない。外で落としてたら 気付かなかったかも」

誰に貰ったのか 分からない指輪。
何故か私が事故に遭ったあの日、病院に運ばれてもこの指輪だけは手放そうとしなかったらしい。
大事なものなんだろうとは 思う。
でも、どうして大事なのかが分からない。
どこか欠落した私の記憶が、この指輪の謎を隠し続ける。

そもそも、<周りの誰もが この指輪について語ろうとはしなかった。
指輪について口を出した人は、記憶している中で唯一二人だけいた。
その内の一人目がお母さんだった。
お母さんは事故に遭ったその日、
私が握り締めていた指輪を見て――

―――『この指輪が留美の命を繋ぎとめてくれたのかもしれないわね。大事に持ってなさいよ』

そう、今にも泣きそうなぐらいに目を潤ませて 寂しげにそう告げた母の顔は、きっと忘れないと思う。
次の二人目の人は、達也君だった。
付き合い始めて間もない頃の帰り道に、私が首からいつも下げいる指輪を見て―――

―――『その指輪、自分で買ったのか?それとも誰かに貰った?』

―――『ううん。自分では買ってないと思う。でも、誰に貰ったの?と聞かれても、私にも分からないのよ。むしろ私が知りたいぐらいだよ』

―――『‥‥そっか』


それ以上は何も言わなかった達也君。
この指輪が何なのかが分からない。
知っている人が誰もいない。

たくさんの謎に包まれたこの指輪を 不思議と気味が悪いと思ったことは無かった。
むしろ、ずっと身につけているのが当たり前だとでもいうように 手放すことなんていまさら出来はしない。
手放すことが恐ろしくて、私から離れていってしまうのが恐ろしくて。
事故の日以来、お母さんに言われるまでもなく 大切に持っていた。
指にはめず、首から下げて‥‥‥。


********


「留美ちゃん、おはよう」
「達也君!おはよう!!」

予備校に着いた時、ほとんどの人は席について テキストを広げ予習・復習を行っていた。
そんな中、教室に入ってきた私に気付いてくれた達也君が満面の笑顔で片手を軽くあげ、 こっちにおいでという風に 手招きしていた。

「今日は少し遅かったんだな、寝坊でもした?」
「う〜ん。まぁそんなとこ」
「なんだぁ?曖昧な返事だなぁ」

寝坊したことを認めたくなくて曖昧に返事した私に対し、達也君は微笑んでいた。
この笑顔を見ると なぜだか凄く安心出来る。
今日も頑張ろうという気になれる。
こんなに幸せでいいのかなと感じる今日この頃。


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