BACK | NEXT | TOP


ただ君の幸せを‥‥。

15.忙しさと慌しさの中で



夏休みも終わり、順調に季節は進み今は秋。
我が校にも、年に一度のお祭り騒ぎ。いわゆる『文化祭』の季節がやってきた。


「立石君。放課後、文化委員の集まりがあるから 三河さんにも伝えておいてくれる?」
「あぁ、分かった」
「じゃあ、また放課後にね」
「お互い頑張ろうな」

宮永が昼休みに俺のクラスまでやってきて、委員会の言伝をしにきた。
実は、俺は文化委員なんてものやっていた。三河さんは、もう一人の文化委員の人のことである。
夏休みという長い期間を経て、大分俺は 色々と吹っ切れはじめていた。
と 自分では信じているが 実際どうなのかは今でもよく分からない。
ただ、達也と留美が一緒にいるところを見るこも慣れてきた。これが、当たり前の日常になりつつあったのだ。

「なぁ、和樹。このクラスの出し物何か決まったのか?」
「いや、まだだよ。多分、今日の委員会で決まるんだと思う」
「どうだ?案通りそうか?」
「さあな。結構、喫茶店希望してるところ多いからなぁ」

目の前のクラスメイトこと山口は、こぶしを握りしめて力強くこう言った。

「違うだろ 和樹!!俺らのクラスは『漫画喫茶』だ!!」
「あ、あぁ、そうだな、そうだったな」

あまりの勢いに、俺は思わず一歩後ろに下がる。
しかし俺が一歩後ろに下がると、山口は一歩前に出てくる。

「間違えるなよぉ!!俺らのクラスはただの喫茶店じゃないんだ!!漫画喫茶なんだ!!」
「いや、分かってるけど。お前なんでそんなに必死なんだよ」
「だってお前!!受験生の俺達が、家で呑気に漫画読めると思うか!?家に帰れば親に受験はどうした、そんなことやっている暇はあるのかと怒鳴られ説教され。そりゃあ、お前は勉強出来るからいいさ!!」
「そうだぞ立石!!お前は勉強出来るからいいけど、勉強出来ない俺達にとって癒しの場は、この能天気なやつらと遠慮なく会話できるこの学校だけなんだよ!!」

いつの間にかもう一人増えていた。
前にはこぶしを握りしめたままの山口。後ろには俺の肩を掴んでひたすら揺すりまくる大城。

「‥‥つまりなんだ?お前達は文化祭を理由に、ここぞとばかりに漫画を読もう。そういう訳か?」
「「そういう訳だ」」

返事は見事に二人とも揃っていた。半ば唖然とする俺を無視して訴えを続ける、山口と大城。

「だって文化祭での出し物を理由にしないと、学校で先生が漫画を読ませてくれるわけないだろ!?」
「ま、まぁ。そうだろうな。もうすぐ真剣に受験だしな」
「だろ!!だからだよ!!今回のこのチャンスを逃すともう漫画読めねぇかもしれねェ!!」

いやいやそんなことはないだろうと思いつつ、俺はいまだ大城に肩を揺さぶられ続けていた。

「なっ!?頼むよ、和樹!!頑張ってこの案通してくれよ!!」
「誰が何の漫画持ってくるか、もう決まってるんだよ。もちろんクラス全員の許可はとった!!」
「‥‥‥い、いつのまに」
「とにかく!!頼んだぜ、立石!!」

そうして俺の昼休みはすぎていった。


********


「立石君のクラスって、漫画喫茶するんだね。漫画はクラスの人で分担して家から持ってくるの?」
「ああ、そうだよ」

意外にも、漫画喫茶は何の問題もなく あっさりと通ってしまった。
これで、山口・大城を始めみんなが喜ぶことになるんだろう。

「それにしてもさ、最近 立石君働きすぎじゃない?」

委員会終了後、宮永と一緒に並んで校舎内を歩いていた。
突然の質問に驚きつつ、隣を見下ろしてみると 少しばかり心配そうな宮永の顔。

「そうか?別に、こんなもんだと思うよ。それにさ、これで 最後の文化祭だし。精一杯やれることをやっておきたいんだよ」
「でも、立石君って 油絵も描いてるんじゃなかった?確か展示するんだよね?」
「え?ああ、するけど‥‥あれは、大体出来てるし」
「そうなの?‥‥あんまり無理しちゃだめだよ。立石君は、我慢しないでいいところで いつも我慢してるから」

宮永の声は、少し暗かった。きっと、俺と留美のことを考えてくれてるんだろう。
教室の前まで来た所で、俺は宮永に笑ってこう言った。

「ありがとう。でも、本当に大丈夫だから心配すんなよ」



宮永は、意外に鋭い。確かに俺は、最近必要以上に働いていた。
文化祭の準備というのを理由に、俺は受けなくていい仕事も引き受けて、一つのことに没頭していた。
何かを忘れようとでもしているかのように、ひたすら働いた。
何を忘れたいのか、何を諦めたいのか。本当は気付いているはずなのに、俺は、認めようとはしなかった。
当たり前の日常だと思っていたものが、自分に思い込ませて出来上がった日常だということに気付くのが、怖かった。


BACK | NEXT | TOP

Copyright (c) 2005 huuka All rights reserved.





100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!