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ただ君の幸せを‥‥。

17.思い出の場所



受験日当日。
俺と留美は一緒に受験会場まで来ていた。

「はぁ〜いよいよだねぇ〜。何だか緊張してきたな」

そう言って両手を口元に当てたまま溜息をつく。

「そんなに溜息ばかりついてると、幸せが逃げるぞ」

俺の言葉を聞いて、ハッとしたように両手を下ろして姿勢を正す。
そっと胸を撫で下ろして、自分自身を落ち着かせようとしているようだった。

「そっかそっか、そうだね。今ココで幸せ逃しちゃやってらんないよね」
「そうそう。せっかくここまで頑張ってきたんだ。いい結果で終わらせないと」
「うん!!」

ようやくいつもの留美らしさを取り戻したようだった。

「さてと、そろそろ時間かな?」
「え?もうそんな時間!?うそ〜大丈夫かな?面接とか、上手く喋れるかなぁ〜」
「大丈夫だろ?いつもの留美でいけば。何の心配もいらないよ、落ち着いていけ」
「そ、そうかなぁ〜。和樹君はいいよね、何か落ち着いてるし」
「そうでもないよ」
「うそだぁ〜」

他愛もない友人同士の会話。それは幸せなことでもあり、酷く切ないものでもあった。
もし、あの時の事故で留美が俺のことを忘れていなかったなら 今ここで、俺達はどんな会話を交わしていたのだろう。
留美の不安を消し去るために、そっと抱きしめることも出来たかもしれない。
抱きしめて、大丈夫だと囁いて、あの日公園でした約束を覚えているか?と聞いていたかもしれない。
幸せな未来を夢見て、二人励ましあって 受験に望んでいたのかもしれない。
でも、今の留美にとって 俺はただの友達で 俺にとっては大切なあの日の言葉も留美は覚えてないんだな。
そう考えると、少しだけまた胸が痛んだ。

「じゃあ、そろそろ私行くね?和樹君も頑張って」
「あぁ、分かってるよ。頑張ろう」


********


「やったぁ〜これでやっと終わったぁ〜」
「あぁ、これで全部終わった。あとは結果待ち」
「う〜今はそのこと言わないでぇ〜」

受験が終わった帰り道、俺達は二人で今日の試験や面接のことについて話し合っていた。
何やら留美は、面接のときに少しヘマをやらかしたようでそのことを酷く気にしているようだ。

「一体なにやらかしたんだよ?」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥こけたとか?」

急に立ち止まった留美。もしかして図星か?と思った瞬間、

「何で分かるのよ〜〜!!」

顔を真っ赤にしてそう叫ぶ留美。思わず笑ってしまった俺。
いや、笑うなというほうが無理な話だろう。

「もう、そんなに笑わなくてもいいじゃない!!」
「悪い悪い」

そうこうしてる内に、いつの間にか俺達は 海の見えるあの公園まで来ていた。
もうこんなに歩いてきてたのかと しみじみ考えていると、留美がまた立ち止まった。

「どうした?」
「ん〜?いや、なんかね。懐かしいなぁ〜と思って」
「え?」

夕暮れ時のオレンジ色に光り輝く海を眩しそうに眺めながら、留美はそう言った。

「何でかな?学校から帰るときも、ここ通るけど そんなふうに感じたこと今まで一度も無かったのに」
「‥‥‥‥」
「何でか、すごく懐かしい。なんでだろ?‥‥事故に遭う前に、何かあったのかな ここで」

ふと俺のほうを振り返り、首を傾げて俺に問う。

「和樹君何か知ってる?私が無くした記憶の中に、この公園での大切な思い出でもあったのかな?」
「いや、‥‥知らないよ」
「そっかぁ」

そうしてまた、俺に背中を向け 留美の視線は海のほうに向く。
思わず首が痛くなるほどに思いっきり空を見上げ、溢れそうになる涙を堪えていたことを留美は知らない。

「‥‥っ‥」

留美の心のどこかに、まだ俺はいる?俺との思い出は、今もどこかに隠れてる?

淡い期待が俺の中に生まれるのを、止めることは出来なかった。

俺がいつまでもこの場所を忘れられないように、留美もまた この場所を忘れられないのだ。


例え、ここで何があったのか覚えていなくても―――。


留美の心の奥深くに、確かに俺との思い出は存在している。
それが嬉しくもあり、悲しくもあった。

「‥‥思い出すことは、ないんだな」

小さな俺の独り言は、冷たい風に運ばれて消えていった。


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