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ただ君の幸せを‥‥。

19.惹かれるもの



俺と留美は、同じ某美術大学に進学した。達也は、意外なことに医者になりたいらしく結構有名な医大に進学した。それぞれの道を歩き始めた俺達。それでも、今までと変わらず付き合いがあればいいと思う。

入学してしまえば早いもんで、すぐに大学生活には慣れてしまった。ただ、課題の多さ厳しさに 時々 悩まされることもある。けど、自分で望んで進んだ道だから 後悔だけは無かった。

「和樹。今日お前残ってIL(イラストレーション)の課題やるか?」
「いや、今日はちょっと用事があるから帰るよ」
「何だ何だ?彼女とデートかぁ?」
「そんなんじゃないよ」

友人と少し会話してから、校内を出た。それから少し歩いたところで、ふと何か落ちていることに気がついた。

「何だ?あれ」

近づいてみると、一冊のスケッチブック。ここの生徒が落としたのだろうか。

「誰のだ?」

裏を向けて名前か何か書かれていないかをチェックする。でも、名前らしきものはどこにも書かれていなかった。
見るつもりはなかったけれど、表にも裏にも名前が書かれていないのならばしょうがない。中をチェックして見るかと、スケッチブックを開いた瞬間、俺は魅入られたように硬直してしまった。
それから、ページをじっくりと1枚1枚時間をかけて捲った。

「すごい‥‥」

まるで、プロの撮った写真でも見ているかのようだった。
そこに描かれていたもののほとんどが人物画。中でも、一人の女性の絵が特に素晴らしかった。
ただの絵の上手さじゃない。描かれた人物の心情などが直に伝わってくる生命力を持つ絵だった。

俺が一番惹かれた絵は、病院の一室らしき場所で微笑んでいる女性の絵。
少し細めのその彼女は、きっと楽な生活ではないのだろう。けれど、穏やかに笑ってみせているその表情は、未来を見据えて前向きに治療に取り組もうという気力を感じることが出来た。

「‥‥葉瀬倉‥‥要‥?」

ふと、小さく名前らしきものが書かれていることに気付いた。
この名前の人物が、スッケチブックの持ち主なのだろうか?一瞬で沸いた興味。俺は、葉瀬倉という人に会って見たいと思った。もちろん、スケッチブックを返さなくてはいけないという理由もあったけれど、それ以上に、どんな人がこの絵を描いたのかを知りたかった。

そんな思いを胸に秘め、明日持ち主を探すつもりでスケッチブックを鞄の中にしまおうとしたその時だった。

「おい!!」

突然の呼びかけ、誰に向けられたものなのか最初分からなかったが、肩を掴まれたことによって、自分に向けられたものだと理解できた。

「それ、俺のなんだけど」
「え?ああ、これ?」

スケッチブックを目の前に差し出す。すると、別に盗む気なんてないのに凄い勢いでそれを取り上げられた。

「‥‥君が、葉瀬倉?」
「あ?だったら何だってんだよ。つーか、あんた誰だよ」

俺が会って見たかった葉瀬倉らしき人物は、結構派手な奴だった。周りを通り過ぎる生徒達は、俺達に関わりたくないのか 不自然に避けて通っていった。そんな状況に苦笑しながらも、目の前に立つ人物に視線を向ける。
髪の色は、赤に近い茶色。ピアスも数個付けていた。これで、多分目つきが悪くなかったらここまで怖がれることはないんだろうな、と内心思っていた。

「‥‥立石 和樹。一応、よろしく」
「‥‥‥‥」

葉瀬倉は、結局何も言わずにそのまま帰っていった。


********


「和樹!!こっちこっち!!」

駅前で待ち合わせをしていた達也が、右手を上げて手を振っていた。

「よっ。久しぶり」
「だな」

大学生活が始まってからは、今までのような友達付き合いが出来なくなっていた。お互いに課題やらレポートやらで忙しいのだ。

「そういえば、さっきさ 昔のお前みたいなのに会ったよ」
「はぁ?」

葉瀬倉のことを思い出しながら、俺は達也に話しを振った。怪訝な顔をした達也を見て、懐かしいなぁと少し思った。

「きっつい目しててさ。何か前にもこういう目見たことあるなぁと思ったんだよ」
「‥‥そんなに俺って、目つき悪かったか?」
「自覚ないもんなんだよ。お前らみたいな奴は」

達也は目元を触りながら、そんなにきつかったけなぁ?とブツブツ呟いていた。そして、俺は思うのだ。


達也に会ったのも、葉瀬倉に会ったのも何かの縁なのかなぁと。


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