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ただ君の幸せを‥‥。

20.噂と真実



大学に入ってから、こんなにも他人に興味を示したのは初めてのことだった。
示すきっかけを与えてくれたのは一冊のスケッチブック。だけど、その持ち主はあまり愛想が良くなかった。
普通なら、関わりを持ちたくないと思って近づいたりしないのだろう。でも、俺は違う。
葉瀬倉のことを知りたいと思った。葉瀬倉の絵をもっと見てみたいと思った。


「なぁ、葉瀬倉。もう一度だけスケッチ見せてくれないか?」
「‥‥‥‥」
「なぁ、聞いてるのか?おーい」

「うるっせぇな!!俺に構うな!!」

目の前を歩いていた葉瀬倉は、突然立ち止まり俺に掴みかかった。
一瞬驚き息を飲む。けれど、すぐに呼吸を取り戻し葉瀬倉の腕を捕まえて胸倉を掴んでいるのを外させた。

「ふぅ〜。構って欲しくないなら、絵 見せてくれよ」
「何で、お前に見せなきゃいけねぇんだよ」
「俺が見たいからだよ」
「‥‥‥‥」

あからさまに溜息を吐き、葉瀬倉はまた前を向いて歩きだした。それを見て、俺も慌ててついて行く。

「なぁ、だからさ 絵 見せてくれよ。もう一度だけでいいからさ」
「うるせぇ!!お前に見せる絵なんか1枚もねぇよ!!」
「‥‥あるだろ?この間のスケッチブックが」
「知らねぇよ」

「あっ!!おいっ!!」

そう言って、窓から外に飛び出してしまった葉瀬倉。

「‥‥一階で話し掛けるのはやめておこう」

あの日葉瀬倉の絵に魅せられてから、俺は必死に関わりあいを持とうとしていた。残念ながらまったく相手にされてないけれど。
大学に入ってから出来た友人には、何度も葉瀬倉に関わるのはやめとけと忠告を受けた。何でも、葉瀬倉は外でやばそうなグループとつるんでいて目をつけられると病院送りになるとかなんとか。
まぁ、言ってしまえばあまりいい噂が無いわけだ。あるのは悪い噂だけ。
けれど、所詮は噂だろ?本当じゃないかもしれない。まぁ、例え噂が本当だったとしても 俺に引く気はこれ っぽっちも無かったけれど。

「和樹君?‥何してるの?」
「ん?‥‥あぁ、羽田か」

声をかけられ、肩越しにチラリと振り返るとそこには数冊雑誌を抱えた留美が立っていた。

「あんまり話すとき無いよね?この間、達也君に会ったんだって?」
「あぁ。何かあいつも忙しそうだな」
「うん。色々レポートとか書かなきゃいけないみたいだし。で、和樹君はここで何してたの?ボケ−ッと窓 の外見たりして」

留美に指摘されて初めて、葉瀬倉に逃げられた位置からあまり移動していなかったことに気付く。

「いや。ちょっと葉瀬倉に逃げられて。逃げ足速いよな〜って、眺めてたところ」
「葉瀬倉?葉瀬倉って、葉瀬倉 要のこと?」
「え?そうだけど、羽田も知ってるのか?」
「だって有名でしょ?何か色んな噂飛び交ってるし」

多分留美の言ってる噂も、俺が今まで聞いてきたの一緒のやつなのだろう。

「変なやつらとつるんでるとか、そういう類の噂だろ?」
「う〜ん、まあね」

何故か歯切れの悪い言い方をする留美。不審に思い無意識に眉根を寄せる。

「どうかしたのか?」
「ん?別に、大したことじゃないんだけど。というより、勝手な私のイメージなんだけどね?葉瀬倉君って 、噂ほど悪い人じゃないと思うんだよね」
「‥‥?どういうことだ?」
「う〜ん?これといって、決め手があるわけじゃないんだけど。悪い人ではないと思う」
「ふ〜ん」
「‥‥おかしいかな?」
「いや、俺もそう思うよ」

噂通りの悪い奴なら、きっとこの大学に通ってなんかいないさ。とっくに退学でも何でもして、つるんでる 連中と仲良くやってるはずだ。
でも、葉瀬倉はここにいる。課題提出は毎回遅れてるようだが 出さないってことは無いみたいだし。出席の 方もきちんと計算して単位はきっちりとってるようだ。つまりそれは、この大学を辞める気は無いってこと だろ?ここにいたいってことだろ?

「俺もあいつはそこまで悪い奴じゃないと思う」
「そう思う?良かった。私だけじゃなくて」

「留美〜?行くよ〜?」

「あっ。呼んでるからもう行くね。じゃあ、また」
「あぁ。またな」

パタパタと走っていく後ろ姿をしばらくずっと眺めていた。すると、留美が突然振り向いた。少し驚き軽く 目を見開く。
ニコッと微笑み軽く手を振ってきた留美。手を振り返すと満足したようにまた友人のもとに走っていった。

「‥‥‥‥」

軽く胸に手を当てる。
今、胸に走った痛みは きっと気のせいなんかではないのだろう。その事実が、未だに少し切なかった。


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