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ただ君の幸せを‥‥。

22.彼女の願い



「おい、和樹っ!!大丈夫か!?」

突然 怒鳴りだした葉瀬倉を何が何だか分からないまま見送ってしまった俺。
声をとりあえずかけてはみたものの葉瀬倉の耳には届かなかったようだった。

「だから言っただろ?あいつには関わるなって」
「えっ?」

いつの間にかやって来ていた友人に視線を送る。すると彼は呆れた顔をして俺を見返してきた。

「お前さぁ、いつか痛い目見るぜ?こんなことばっか続けてたら」
「何で?」
「あいつは危険な奴なんだよ。絶対に関わらないほうがいい。ただでさえお前は必要以上に近づいてて、目 つけられてるんだからな。分かってんのかよ!?」
「そんなに心配するほど悪い奴じゃないよ。あいつは」
「っっ!!お前なぁ!!」
「‥‥分かった分かった気をつけるよ」

憤慨する友人にとりあえず納得したという素振りを見せる。

「分かってないだろ!ちっとも!!」
「‥‥‥‥」

まぁ、そんなに簡単には騙されてくれないよなぁ。
その時ふと、どこかで見たことのある女性が視界の端に映った。

「‥‥アレ‥?」
「何だよ」
「いや、‥‥ゴメン。この話はまた今度な!!」
「はっ?って、おい!!」

どこで見たのか。それは、たぶん葉瀬倉の絵のなかだった。
確信を持って俺は、その女性目掛けて一目散に走り出していた。

「‥っ‥。あの、すみませんっ」
「え‥‥?」

全身白に包まれた清潔そうな印象を受ける彼女。突然 知らない奴に声をかけられたことによって少なからず 驚いているようだった。

「あの‥‥?大丈夫ですか‥?」
「あっ、大丈夫です。大丈夫です。えっと、不躾だと思うんですけど」
「はい?」
「葉瀬倉 要の知り合いの方ですか?」
「えっ!?あの、そうですけど‥‥どうして」
「‥‥やっぱり」

間違いじゃなかった。あの日葉瀬倉のスケッチブックを拾った時、一番目を惹かれた女性の絵。そのモデル となった女性が今俺の目の前にいる。

「あなたの絵を偶然見たんですよ」
「私の絵を‥‥。じゃあ、あなたは要の友人の方なんですか!?」
「えっ、いや‥あの」

大人しい人だと思っていた彼女が、葉瀬倉の話を持ちかけた途端に 必死な目をして俺の服に縋り付いた。

「違うの!?どうなの!?」
「俺は友人だと言いたいんですけどね。葉瀬倉は俺のこと嫌ってると思いますよ。あなたの絵を見れたのも 、偶然だったんです」
「‥‥そう‥なの」

落胆したように力無く俺の服から手を離す。そのまま視線を足元に落とし、なかなか顔をあげようとしない 。どう声をかけていいのか分からずに戸惑っていると、先に口を開いたのは彼女のほうだった。

「‥‥要は、ちゃんと大学に通ってますか?」
「え、いや。‥‥その‥」
「はっきり言ってください。‥‥噂通り、課題の提出期限も守らずに外で遊んでばかりいるんですか?」
「‥‥提出期限のほうは確かにそうですけど、外ではどうなのか 俺は知りません」
「‥‥本当なんだ」

彼女の目にみるみる内に涙が溜まっていく。ギョッとした俺は、ひとまず場所を変えようと彼女を近くの喫 茶店に連れていくことにした。

「‥‥すみません。突然、びっくりなさったでしょう」
「ええ。まぁ」
「とりあえず、自己紹介が先ですね。‥‥白井 静香です。あなたの見た要の絵のモデルです」
「立石 和樹です。‥‥白井さんは、要の‥?」
「前まで付き合ってた彼女です」

そう言った彼女は、すごく辛そうな目をしていた。

「私は、幼い頃から体が弱くて 要と付き合いだしてしばらくした頃 病院に入院しがちになってしまったん です」

その話を聞いて、葉瀬倉の絵に描かれていた彼女の絵の背景が病室だったことをはっきりと理解する。

「要はね、その頃から絵を描くのが大好きで 将来は、私が継ぐ予定の喫茶店に要の絵を飾ろうって話してた んです」
「そうなんですか」
「でもね、私が入院してることによって少しまずい事態が起こってしまって」
「まずい事態?」
「そう。要ね、毎日毎日来るのよお見舞いに。自分のするべきことをせずに、私のことを優先するの」

かいがいしく毎日お見舞いに行っていた葉瀬倉。今の姿からはまったく想像出来なかった。

「要がすべきことは、行きたいと言っていた大学に受かることだった。要は大丈夫だと言ったけど、私は不 安でしかたなかった。もし、私が要の重荷になっていたら?体の弱い彼女のいるせいで、要の夢の妨げにで もなっていたら?そう考え出したら、そんな考えが止まらなくなってしまって」
「‥‥別れてしまった?」

俺の問いに彼女は静かに頷いた。

「大学にはちゃんと受かったの。私と付き合っている間にね」
「‥‥‥?」

ならどうして?どうして別れたんだ?そんな考えが、俺の頭のなかをぐるぐる回る。

「先のことを考えずにはいられなかった。要のことが好きだから、要の足枷にはなりたくなかった。高校を 卒業してからも、体の弱い私のことだものいつまた入院するか分からない。私が入院したら、また要は色ん なものを捨ててでも私のところに来る。でも、それだと困るのっ。要には夢を叶えて欲しいのっ」
「‥‥白井さん」
「要はね、絵を描いてる時が一番幸せそうだった。その時間を、私のせいで奪ったりしたくないの。‥‥私 のせいなのかな。今、要がああなってるの」

ポロポロと涙を流しながら彼女は俯いてしまった。私のせいだという彼女を見つめながら俺は思う。彼女も 確かに未来というものから逃げてきたのかもしれない。でも、一番現実から逃げ出しているのは 葉瀬倉なん じゃないか?

「白井さん」
「え‥‥?」
「あなたはまだ、葉瀬倉のことが好きですよね?」

力強く彼女は頷く。

「好きよ。嫌いになんて、絶対になれないわ。これから先ずっと」
「‥‥ですよね」

彼女の気持ちは痛いほど良く分かった。相手のことが好きだからこそ、重荷になりたくなくて 向かい合わな くてはいけない現実から目を逸らし、逃げ出した。相手を想ってこその決断だったと思い込み、逃げだとい うことに気付かないフリをする。

「間に合うさ。きっと」
「‥‥‥?」

俺とは違って、まだ 間に合う。だって、葉瀬倉は きっと彼女のことがまだ好きだ。あいつも逃げてるだけ なんだよ。向かい合わなくちゃいけない現実から。


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