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ただ君の幸せを‥‥。

24.苛立ちと虚しさと



『今、逃げたらお前らは一生擦れ違ったままだぞ?』

『後悔するって言ってんだよ。ここで逃げたら一生後悔する』


さっきからずっと、立石の声が頭から離れなかった。嫌って程に繰り返されるその台詞。どうしてあいつが 静香のことを知っている?どうしてあいつが‥‥。疑問が次々と浮かんでくる。けれども、その疑問を解決 する術を俺は知らない。本人に聞けば楽なのだろう。でも、静香にも立石にもそんなことを聞く勇気は無かっ た。話し掛けようとも思わない。

「ハァ‥ハァ‥‥ハァっ」

考えもなしにひたすら走っていた。ただあの場から逃げ出したかった。あいつに一体俺の何が分かるってい うんだ?俺は、あいつが羨ましかった。俺の欲しいものをすべて持っているあいつが、憎らしいほどに羨ま しかった。
日頃運動していないのが祟って、汗だくだくのまま歩き出した。ゆっくり歩いて目に入った公園に向かう。 小学生ぐらいの子供達が数人そこでおにごっこをしているようだった。その横を通り過ぎてベンチに座る。 大きく息を吸い込んで、呼吸を整える。そんな自分が何故か少し可笑しかった。

――― 何、必死こいて走ってんだか‥‥

立石 和樹。その存在を知ったのは、この大学に入る前のことだった。
高校時代、立石と同じ学校に俺の友達が通っていた。そのダチに誘われて一度だけ行った文化祭。その時に 、俺は初めて立石の作品を見ることが出来た。他にも数枚絵は飾られていたけれど、あいつの作品に一番に 目がいった。この絵を描いたやつは一体どんな奴だろうと、ずっとずっと思っていた。大学入試のとき、あ いつの姿を目にしたとき 俺は心底喜んだ。でも‥‥‥


―――『‥‥っ。別れよう?要‥』


色鮮やかだった世界が、急に色を失った。何が起こったのか分からなかった。けど、あの時目の前の静香は 泣いていたし、嘘を言っているようには見えなかった。悲しくて、悲しくて‥。悲しすぎて、俺は現実を見 ることをやめたくなった。いっそ我を忘れるぐらいに狂うことが出来れば良かった。そのほうが幾分か楽に なれていたかもしれない。
それからの俺は何をするにも無気力で、やる気の欠片さえも見られなかった。大学の入学式には出たものの 正直どうだって良かった。静香と夢見た未来は、もう俺のもとから消え去ってしまったのだから。何もかも がどうでも良くなって、気付いたときには少し悪めの奴らに囲まれて生活していた。ケンカをして助けを請 うてくる奴らを見下ろして、仲間達はいい気になっていたけれど俺の心の中は虚しさだけが占めていた。そ んな俺の生活を掻き乱してきたのがあいつだった。

『絵、見せてくれないか?』

入学前は、あんなに立石と話すのを楽しみにしていたのに 話し掛けれれた途端に憎悪が湧き上がった。ただ 苛立ちが募った。才能もあって人望もあって、何事にも恵まれている立石。そんな奴に喜んで絵なんか見せ られなかった。どうしても卑屈になってしまう。俺の絵を見てお前は嘲笑うのか?こんなもんかと笑うのか?
あいつはきっと笑わないだろう。ただ純粋に俺の絵を見てみたいだけなのだろう。
だけど、今の俺には その純粋さが鬱陶しかった。静香と別れてから何をするにも無気力になってしまった俺。 俺が欲しいものすべてを何の苦労もなしに手に入れている立石に腹が立った。何の苦労も悩みも無いような 顔をして、俺に話し掛けてなんか欲しくなかった。綺麗な心の持ち主の立石と汚い俺を比べたくなかった。

「くそっ」

足元にあった小さな小石を蹴飛ばす。むしゃくしゃして、どうしようもなかった。
多分俺は知っている。この苛立ちの原因を‥‥。

『白井さんのこと好きなんだろ?』

悔しいけれど、立石の言ったことはすべて正しいからだ。間違ったことなんか何一つ言っていない。その、 正しさが俺の汚い心を刺激する。お前みたいになれればよかった。そうしたら、もっと上手に静香と付き合え ていたかもしれないのに‥‥。

「―――っら!!‥葉瀬倉っ!!」

俺の名前を呼ぶ声が聞こえてハッと我にかえる。そして、周りをぐるりと見回して声の主を探す。

「何処行ったんだよ。あいつ」

思いのほか近くにいた立石の姿を視界に入れ、俺は慌てて身を隠す。じっと立石がその場から立ち去るのを 待っていた。しばらくして、立石は諦めたように公園の外に出て行った。あいつは、まだ俺のことを探すの だろうか?何となく、そんなことを考えた。


好きだ好きだと心が叫ぶ。


なぁ、立石。今にも溢れ出しそうなこの想いを、素直に曝け出すことが出来たなら俺の望む未来はやってく るのか?俺は、お前みたいにはなれない。お前みたいに上手に、人の心の中まで踏み込むことは出来ないん だ。そんな俺だったから、静香は愛想を尽かしたんだろう?別れを告げたんだろう?

君との未来がこの手に掴めるのなら、俺はどんなことだってやってみせるのに‥‥。

今はもう、どんなに上手い口車に乗せられたって君との未来があることを信じられそうに無いんだ。


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