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ただ君の幸せを‥‥。

26.踏み出す勇気



開いた口が塞がらないというのは、今の俺みたいな奴のことをいうのだろうか?と‥‥真剣に考えてしまっ た。

「『葉瀬倉』‥‥さん?」

と名前を呼ばれたとき、立石のこともあってかなり警戒していた俺はビクッとして即座に顔を上げた。声を かけられた時点である程度驚いていたのだが、それを遥かに上回る驚きがそこに待ち構えていた。

「‥っ。斎藤‥達也‥‥」

気がつけば、前に立っている人物の名前を口に出していた。恐れ多くもあの斎藤達也を呼び捨てで呼んでし まったことに、後悔する。

「で、『葉瀬倉』さんで合ってるのかな?」

思考能力が上手く働かなくて、未だ呆然としている俺に斎藤さんはそう声をかけてきた。けれど、一瞬何を 聞かれたのか分からなくて 硬直する。そして漸く聞かれたことを理解することが出来た俺は、慌てて首を縦 に振った。

どうして俺の名前を斎藤さんが知ってるんだ!?

俺の頭の中は、それで一杯だった。けれどもそれは、彼も同じだったようで 達也は要の隣に腰を下ろしてか ら、疑問を口にする。

「何で、俺の名前知ってるの?」
「え?」

斎藤さんがいつの間にか隣に座っていたことに驚く暇もなく、質問を繰り出された。

「俺、途中で転校したんですけど。斎藤さんと中学同じなんですよ」

そう俺が答えると、斎藤さんはバツの悪そうな顔をする。そして「それでね」と言って、一人で納得してい た。けれど、俺にはまったく納得出来ていない。俺と斎藤さんは、確かに同じ中学だった。けれど、中3に 上がる前に俺は転校してしまったし、面識もまったく無いはずだった。俺が、有名人だった斎藤さんを知っ ているのは何も可笑しくない。でも、斉藤さんが俺を知っているなんてことはありえないはずだった。

「‥斎藤さんこそ、どうして俺のこと‥‥」

勇気を振り絞って聞いてみると、斎藤さんの口からは予想外の人物の名前が飛び出してきた。

「俺?俺は、和樹に葉瀬倉さんの名前聞いたから」
「立石に!?」
「そうそう。和樹から今逃げてるんだって?」
「‥‥別に、あいつが勝手に追いかけてくるだけです」
「和樹さ、余計なお世話だ!!ってことばかりしてくるだろ?」
「そうですね」

俺の返答に、斎藤さんは苦笑する。そして、「俺もそうだったよ」と言って懐かしそうに微笑んだ。

「俺の今の姿見てどう思う?」
「えっ‥‥どうって‥」

突然答えにくい質問を向けられて戸惑う。そんな俺に気付いた斎藤さんはクスクスと笑う。

「そんなにビクビクしなくていいって」
「あ‥、すみません」
「謝らなくていいんだよ。自分で言うのもなんだけど、俺かなり落ち着いただろ?あの頃と違って」
「‥‥‥‥」
「ゴメン。何か丁寧に話すのも疲れるから、普通に喋っていい?」

その言葉に、迷いもせずにコクリと頷く。それを見た斎藤さんは、「ありがと」と言って話しを再開した。

「今の葉瀬倉さ、昔の俺に似てるよ」
「え?」
「色々不満とか答えの見つけられない悩みを抱えてさ、けどそれを誰かに言うことも出来ずにいて。気がつ けば、世間に見放されるような奴に成り下がってた」
「‥‥‥‥」
「誰もが遠巻きに自分達を見る中で、何の躊躇いもなく話し掛けてくる存在って貴重だろ?思わないか?」
「‥‥思います」

確かにそうだったと、俺は立石が何の躊躇いもなく話し掛けてきたことを思い出す。

「けどな、人が一線引いてるところに無遠慮にずかずか入ってくる奴ってむかつくだろ?」
「‥‥‥‥」
「俺は、むかついてた。どうしようもないぐらいに腹が立ったから、とんでもない嘘を吐いてあいつを困ら せてやろうと思った。でもな、騙されたあいつは言うんだよ」


肌寒い季節だというのに、ずぶ濡れになった格好のまま彼は笑った。

『何となく分かってた。でも、信じることって‥‥大切だろ?』


「信じることも強さだと、俺はその時初めて感じたんだ。ケンカに強いとかさ、何の自慢にもならない。け ど、人として強い心を持ってる奴は十分自慢になるよな」

斎藤さんはそう言って立ち上がる。その姿を目で追いながら、座ったままの状態で彼を見上げる。そしてこ ちらに向き直って、俺に視線を向ける。そのまま少し微笑んだ。

「俺は、和樹がお前に何を言ってるのか知らない。でも、これだけは言っておく」
「 ? 」

「踏み出すことも勇気だと」

「‥え‥?」
「葉瀬倉を見つけたこと、和樹には報告しない。自分のことは自分で決めるべきだから」
「‥‥‥‥」
「後悔しない道を選べよ。言葉は口にしないと何も伝わらない」

しばらく沈黙状態が続いた。けれど、斎藤さんの「じゃあな」という声でその沈黙は破られた。それから斎 藤さんはゆっくりと背を向けて歩き出した。

「‥‥‥‥」

一人でじっと考え込む。どれくらいそこにそうしていたか分からない。けど、俺は何か答えを見つけ出した ような気がした。

これから自分が何をすべきかどうか‥‥。その答えを‥‥。


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