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ただ君の幸せを‥‥。

28.託した未来



「ありがとな」

不服そうな顔をして、そう感謝の意を述べてきたのは葉瀬倉だ。何の前触れもなくそう言われて、俺はただ 吃驚して目を丸くしたまま口を中途半端に開いていた。

「おい、聞いてんのか」
「えっ!?あ、ああ。聞いてるよ」

ありえない、ありえない。葉瀬倉の口から『ありがとう』なんて言葉が聞けるなんて。

「何だよ。その顔」
「いや、お前の口からそんな言葉が聞けるとは思ってもみなかったから」
「‥‥どういう意味だよ」
「‥‥そういう意味じゃないか?」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」

しばらく沈黙が続いた。葉瀬倉は俺のことを真っ直ぐに睨みつけている。

「良かったな。白井さんと上手くいって」

何か会話を‥‥と思い、俺はそう切り出した。葉瀬倉はまだ俺を睨みつけている。けれどもすぐにそっぽを 向きボソッと口を開いた。

「‥‥まぁな」

俺とは目を合わせずに呟いた彼は、何故か前よりも幼くみえた。否、これが本来の葉瀬倉なのか?なんであ れ、今の状態は少し可笑しかった。
俺が少し笑っていたのが目に入ったのか、葉瀬倉はジロリと俺に視線を送る。

「何が可笑しいんだよ」
「いや‥、別に何も」
「‥‥‥‥」
「‥ぅ。そ、そんなことより葉瀬倉」
「‥‥何だよ」
「白井さん、元気?」

何でそんなこと聞くんだ?とでも言いたげな表情をする。そんな葉瀬倉に苦笑を浮かべながら、俺は言った。

「一応、色々おせっかいしてきた身としてはさ、お前らのこと気になるんだよ」
「ホントにな。頼んでもねぇのに、余計なことばっかしやがって」
「ハハハ」
「‥‥静香は、元気にしてるよ。お前に、感謝してたよ」
「そっか‥」

なら良かったと、少し安心する。

「俺も、‥‥感謝してる」
「‥‥葉瀬倉」
「何だかんだ言っても、お前のおかげだからな」

その時、どこからか軽快なメロディが聞こえてきた。何だ何だと思って辺りを見回す。

俺の携帯‥‥じゃないよなあ?

と考えていると、葉瀬倉がズボンのポケットからごそごそと携帯を取り出した。

「何だ、お前かよ」
「‥‥‥‥」

無視か‥‥。
一つ溜息をついて、携帯の画面を見つめる葉瀬倉を待っていた。すると、突然眉を寄せてとてつもなく嫌そ うな顔をする。

「どうした?」
「‥‥静香が」
「白井さん‥?」
「今度の日曜にケーキを焼くらしい」
「‥‥何だよ。いいじゃないか」

惚気か?と思って、葉瀬倉にそういい返す。何を嫌がる必要があるというんだ。もしかして、甘い物が苦手 だとか?ありえる。そんな感じの顔してるし。

「お前も、連れてこいだと」
「はっ?」
「お礼のつもりなんだろ」

そう言って葉瀬倉は盛大に溜息をつく。

「‥‥来いよ」
「‥えっ?」
「絶対来いよ」

来ることを勧めてくる葉瀬倉に少し驚く。だって、俺には絶対に来てほしくないだろうと思っていたから。
けれど、葉瀬倉が俺に来るように促した理由をこのすぐ後に知ることになる。

「お前が来ないと文句言われるのは俺なんだ。絶対」

真剣にそんなことを言っている葉瀬倉が可笑しかった。

「ハハッ」
「な、なんだよっ」
「いや?別に?」

未だ笑い続ける俺を不審そうに葉瀬倉は見ていた。

「で、どうなんだよ!!来んのかっ?」
「行くよ。是非行かせてもらいます」

最初に出会ったときの葉瀬倉は何処にいってしまったのだろう?
お前にとって白井さんの存在は、本当にかけがえのないものだったんだな。


********


あの日、白井さんから初めてのお誘いがあった日以来、月に一度は必ず白井さんのとこの喫茶店でお茶会を することになってしまった。誘いが来るたびに、葉瀬倉は嫌そうな顔をしていたけれど今ではそんなことも なくなっていた。

「和樹。今日も来るだろ?」
「ああ」

葉瀬倉は俺のことを『和樹』と呼び、俺は葉瀬倉のことを『要』と呼ぶようになった。やっと認めてもらえ たような気がして、最初の頃は無性に嬉しかったことを覚えてる。

「いらっしゃい!!」
「こんにちは」

白井さんの待ついつもの喫茶店に行くと、彼女の笑顔で出迎えられた。そして、いつものように奥の方にあ る他の客に迷惑の掛らないところへ通される。俺は先に席に着いていて、彼女と要が話しているのを眺めて いた。

君達が歩む道の先に、望む未来がありますように。

自分が見れない最愛の人との未来を俺は、無責任にもお前達に託そうとしてるんだ。そんな俺の胸の内を知 ったら、お前はきっと俺を怒鳴りつけるんだろうな。『ふざけるなっ』とか言ってさ。

「何笑ってんだよ」
「え、笑ってた?」

いつの間にかこっちに来ていた要にそう指摘される。

「笑ってた。気持ちわりぃ」
「んなこと言うなよ」

いつか要は俺が誰とも付き合おうとしないことに疑問を抱くかもしれない。そのときは、俺の話を聞いても らおうかな?

でも今は、この平凡な毎日を守ることが出来ればそれでいい。そう、思ったんだ。


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