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ただ君の幸せを‥‥。

29.二年目の春



大学に入ってから無事一年が経ち、この春から二年生になった。
去年の一年は、振り返れば色んなことがあったと思う。というより、最初の数ヶ月が一番記憶に残った思い 出かな?白井さんと今でも上手くやってる要はすっかり立ち直って、頭の色も薄茶になっていた。目つきが 悪いのは相変わらずだが、それでも大分穏やかになった。真面目に課題の提出も行うようになった要はやっ ぱり、好評価をもらっていた。俺も、負けてはいられないなと思う。

「っと」
「すみません」

目の前を走り抜けていく子供に驚き歩みを止めると、申し訳なそうに母親が謝っていた。

「大丈夫ですよ」

そう答えると、ホッとしたように子供の手をしっかりと掴んでまた歩きだした。その姿を見て、少し微笑ま しい気分になった。


********


大学に辿り着くと、新入生らしき人たちがごった返していた。人の波を掻き分けて、比較的人の少ないとこ ろを目指して歩き出す。

「ふぅ〜」

やっと密集地帯から抜け出せて、ホッと一息をつく。
そして、今日は入学式だったんだな。ということを思い出した。

「きゃっ!!」

ざわざわとしている中でも、その声は確かに届いた。何だ?と思って、人の波の方を振り返ってみると、そ こでは多分新入生だと思われる女の子が転んでいた。しかも、かなり大胆に。

「‥‥痛そぅ〜」
「え〜。ちょっとアレ、恥ずかしくない?」

手に持っていた紙を転んだ拍子に全て手放してしまったらしく、その女の子の周りには紙が散乱していた。 大きく寝そべるような形で完全に転んでいた当事者は、恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせて慌てて紙を拾い 集めている。それからギュッと唇を噛み締めて、羞恥心を耐えているようだった。
近くにいる人は誰も手伝おうとはしない。知らん振りしているものもいれば、クスクス笑っている人たちも いた。
俺は、すたすたとその場に向かって歩き出し 周りにいる野次馬達を押しのけて女の子の前にしゃがみ込む。

「大丈夫?」

「えっ!?」

突然出来た影と振ってきた声に驚き、女の子はパッと顔を上げる。
そんな女の子に苦笑して、俺はそのまま落ちている紙を手に取った。

「あ、あの?」
「拾うの手伝うよ。その後、保健室に行こう」
「え?」
「ソレ」

訳が分からないといったような表情をしている彼女の膝を指差す。
俺の指先を目で追って、彼女は自分の膝小僧に目を向ける。それから「あっ」と一言漏らした。彼女の膝小 僧からは転んだときに出来た擦り傷によって血がじんわりと滲み出ていた。

「さ、さっさと拾って」
「あ、はい。あの‥‥」
「何?」
「‥ありがとうございます」

そう言ってから、彼女は紙を拾い集めることを再開した。もう周りの人たちは俺たちには目もくれず、自分 の時間を過ごしていた。


********


「はい、これで終わり。にしても、入学式に転ぶなんてとんだ災難だったね。もう大学生なんだから、もう ちょっとシャキシャキ歩きなよ」

治療をしてもらったときに、彼女はそう言われて恥ずかしそうにしていた。

「ありがとうございました」
「はいはい。お大事にね」

消毒を終えた彼女の膝小僧には、ガーゼか何かがテープで止めてあった。こうしてみると、結構目立つ。

「あの、先輩‥も、ありがとうございました」
「え?ああ、気にしなくていいよ」

何時の間にか目の前にやってきていた彼女がそう俺に声をかける。
治療が済んだのも見届けたことだし、そろそろ行こうかと思い、その旨を彼女に伝える。

「あっ、すみません。私のせいで時間潰してしまって」

勝気そうに見えた彼女は、意外にも礼儀正しい。瞳の力強さは、今も充分に感じるけれど。

「いいって。別に、急ぎの用があったわけじゃないし」
「えっと、もし良かったら‥名前教えて頂けませんか?」
「俺?立石 和樹。君は?」
「‥‥朝日 由紀菜です」

そして彼女はニッコリ笑った。
彼女と出会ったこと、それが俺の運命の別れ道だったのかも知れない。


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