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ただ君の幸せを‥‥。

31.愛しい人



「なぁ和樹」
「‥‥なんだよ」

パソコンを前にしてすでに2時間は経過している。
普段より確実に少ない瞬きのせいで、そろそろ目も痛くなってきた。

「1回休憩したらどうだ?」
「もうすぐ終わりそうなんだよっ」
「‥‥それで‥?」
「‥‥‥‥」

隣の椅子に座って、作業をしている画面を覗き込み要はボソッと呟いた。
ジロリと要を睨みつけて俺は問う。

「お前はもう終わったのかよ」
「とっくに終わった」
「‥‥あっそ」

素っ気無く答えて俺はまた作業に戻る。
俺はどちらかと言えばハンドワークのほうが好きなのだ。
けれど、パソコンでの作業も出来ておかないと後々苦労することになる。
いや、出来ないわけでは無いのだけれど‥‥どうもこの作業は俺には合わない。

「あっ」
「今度は何だよっ」
「いや、アレ‥‥」
「‥んだよ」

要が指差した方向はこの教室の出入り口だった。
誰か来たのかと思い顔をそちらに向けてみてから、俺も同じように「あっ」一声漏らす。

「和樹先輩!!」

そこには、入学式の日に出会った彼女が立っていた。
あの日以来、彼女は何かと理由をつけては俺のところにやってくる。

「こんにちには。お昼、もう食べました?」
「いや、まだだけど」

ちらりと視線を要に向けると、あいつはニヤニヤと笑っている。
多分、俺と彼女の仲を面白がってみているのだろうとは思うけれど、残念ながら俺は彼女をそういう目で見 たことは一度も無い。

「なら、一緒に食べません?これから食堂に行こうと思うんですけど」
「じゃあ、お邪魔すんのも悪いし俺は退散するよ」
「え?葉瀬倉先輩は行かないんですか?」
「俺がいると邪魔だろ」
「そんなことないですよっ」
「おい。勝手に話進めんなよ」

少しうんざりしたように声を発すると、ハッとしたように朝日さんが俺の様子を伺う。

「すみません。気を悪くしましたか?」

急にシュンとなった彼女に慌てて手を振る。

「いや、そんなことは無いよ。ただ、俺の都合も少しは聞いて欲しいなぁと思っただけだから」
「そ、そうでしたね。すみません」

そう言って彼女は一度軽く頭を下げる。
それから気を取り直したようにして、俺に再度尋ねかけた。

「では先輩。今日のお昼予定は何かありますか?」
「ないよ。食堂‥‥行くんだろ?」
「はい!!」

嬉しそうに笑う彼女を見て、少しだけ胸が痛む。
データをファイルに保存してパソコンの電源を落とす。

「じゃ、行こうか。って要は?」
「先輩が保存している間に出て行きましたよ」
「‥‥そっか」

気を利かせてやってくれたことだとは思う。けれど、今のこの状況では感謝しようとは思えなかった。

「先輩?どうかしましたか?」
「いや、何でもないよ」

それから俺は、朝日さんと並んで歩き出した。
彼女はきっと俺に少なからず好意を寄せているのだろう。

「‥っ」

窓の下から見える中庭に、忘れられない愛しい人の姿が見えた。

「先輩っ。聞いてますか?」
「あっ、いや、ごめん」
「もう、ちゃんと聞いててくださいね」

そっともう一度窓の下に視線を落とす。けれど、そこに彼女の姿はもう見えなかった。

朝日さんがいくら俺に好意を寄せてくれても、それは全て無駄なことだった。
だって俺は、今でも『羽田 留美』‥‥彼女の姿しか望んで目に入れようとは思わない。


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