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● ただ君の幸せを‥‥。 ●
32.誤解
「先輩っ。先輩っ」
人で溢れかえっている食堂。その中に俺は1人で立っていた。
さっきまで朝日さんと一緒にいたのだが、俺の分も買ってきてくれると言ってさっさと走って行ってしまっ
たのだ。
置いていかれてしまったので、仕方なく座る席を探していたのだが‥‥。
それがなかなか見つからない。
「先輩ってば。聞いてますかぁ?」
キョロキョロと目を左右に動かしていると、ふと左端で席を立った生徒を見つけた。
よし、あそこに行こう。早くしないとまた埋まってしまうな。
そう思って行動に移そうとした矢先‥‥
「和樹先輩っ!!」
「えっ?」
大声で名前を呼ばれて吃驚して後ろを振り向く。
するとそこには、少し頬を膨らませ気味にした朝日さんが立っていたのだ。
「うわっ。ごめん」
両手でトレイを持ってたっていた彼女の片手から、一つ自分の分だろうと思われるものを取り上げる。
「さっきからずっと呼んでたんですよ。聞こえてました?」
「いや、まったく」
首を横に振ってそう答えると、朝日さんは息を小さく吐き出した。
「だと思いました」
何も言えずに突っ立っていると、朝日さんは呆れ顔になっていた顔を一瞬にして笑顔に変えた。
「こんな所で立ってるのもなんですし。いきませんか?先輩、席見つけたんでしょ?」
「あ、ああ」
ちらりと後ろを振り返って、そこがまだ空いていることを確認する。
けれど、どうして彼女は俺が席を見つけたことが分かったのか?
その理由を移動中に聞いてみると、
「見てたら分かります」
と、よく分からない返事が返ってきた。
そのまま、また前を向いて歩いてしまった朝日さんに更に質問することは出来なかった。
********
「和樹君」
そう声を掛けられたのは、午後の講義が一つ終わったときのこと。
久しぶりに自分に向けて掛けられた声に、一瞬夢じゃないかと思った。あるいは幻聴かと。
けれど、声を掛けてきた人物に向き直ると、確かにそこには留美がいたのだ。
「和樹君?」
まだボケーッとしていた俺を不審に思ったのか、留美にもう一度名前を呼ばれる。
そのおかげで、これは現実だとはっきり理解することが出来て頭の中が一気にクリアになる。
「ど、どうかしたのか?」
こうして話すのは久しぶりで、少し緊張した。
裏返りそうになる声に、君は気付いただろうか?
「え、別にどうもしないんだけど。久しぶりだなぁと思って」
「そうだな」
少し見下ろせば君がいる。
ただそれだけで、俺の心は温かくなった。
「えーっと」
「何?」
何か言いたそうな顔をして、けれど口篭もってしまう留美。
そんな留美に首を傾げつつ、彼女が話しやすいようにと思って続きを促すように問い掛ける。
「う〜ん。答えたくなかったら答えなくていいからね」
「え?あぁ、うん」
言うことを決心したのか、そう留美は口にした。
何となく嫌な予感はしつつも、留美を適当にあしらうことなど出来るはずもなく俺は頷いた。
「友達に聞いてって頼まれたんだけど、」
「うん?」
「一年の子と付き合ってるの?」
「はっ?」
怪訝な顔をする俺。それに気付いて留美は慌てて両手を横に振った。
「あのっ、別に答えたくなかったらそれでいいのっ。ただ、最近和樹君一年の子とよく一緒にいるでしょ?」
よく一緒にいる一年。多分それは、朝日さんのことだろう。
「その子と付き合ってるのか、っていう噂があってね」
「何?」
「あくまでも噂なんだけどっ。ほら、和樹君ってモテるからすぐにそういう噂立つの」
そんな噂が流れていたことなんて、俺はまったく気づいていなかった。
そのことを留美から聞かされて、唖然とする。
「でね、私同じ高校だったから‥」
「聞いてきてって頼まれた?」
「そう、そうなの」
「そっか」
何故か冷汗が背を伝っていた。
留美にだけはこの噂を聞かれたくなかったと思って、ハッとする。
ある、大事なひとつのことに気付いて俺は留美の目を直視出来なくなってしまった。
不自然じゃないように、留美からそっと視線をはずす。
「別に、付き合ってないよ。友達にもそう言っといて」
「あ、うん。分かった」
「じゃあ」
目を合わさずに俺は留美に背を向けた。
「和樹君っ。えと、ごめんね。気‥悪くしたよね」
「別に、気にしてないよ」
今にも崩れそうな表情を、留美にだけは見られたくなかったのだ。
素っ気無い態度を取るつもりはなかった。
けれど、今回ばかりはその態度を訂正する余裕は無かった。
留美に噂を聞かれたくなかった?
馬鹿なことを。俺が誰と付き合おうが、留美にはもう関係のないことだったのに。
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