BACK | NEXT | TOP


ただ君の幸せを‥‥。

33.好きな人



唇をギュッと噛み締めたまま、俺は留美と別れて教室を移動していた。
あの噂を聞いて、留美が少しでも動揺してくれるとか、そんな夢みたいなことを俺は想像していたのか?
馬鹿げた考えを浮かべてしまったことに後悔する。
俺と留美はただの友達。それ以上でも、以下でもない。

「和樹?」

名前を呼ばれて俯いていた顔をそっと上げる。
そこには要が少しだけ不思議そうな顔をして立っていた。

「どうかしたのか?」
「何が」
「何がってお前‥」

素っ気無く返事を返す俺に、要は呆れた顔をする。

「すげぇ顔してるぞ?」
「え‥?」

予想外のことを言われて、軽く目を見開く。
要はまだ呆れた顔をしていた。

「自覚無しかよ。ま、そんなもんか」

1人納得する要。
俺はすぐ隣にある窓ガラスを見つめて、その中に映りこむ自分の姿を見つめる。
そこには、何の覇気も感じられない1人の男がいた。

「な?ヒドイ顔だろ」
「ああ。本当に」

そう言って、自嘲気味に俺は笑った。
噛み締めていた唇を自由にして、要に向き直る。

「大丈夫か?」
「別に。どってことないさ」

少しだけ突きつけられた現実をまたそっと心の奥に押し込んだ。
針が刺す程のチクリとした痛みは感じたけれど、俺はその痛みから目を逸らした。


********


「和樹先輩っ」
「‥‥何」

留美に噂を聞かされてから、朝日さんと初めての遭遇である。
心なしか俺の態度が素っ気無く思うのは気のせいではないと思う。

「帰り暇ですか?」
「ゴメン。今日、忙しいんだ。この間やってた課題を終わらせないといけないし」

淡々と告げる俺の声を聞いて、彼女は悲しそうに目を伏せた。

「そうですか‥」
「うん。ゴメン」
「いいえっ。気にしないで下さい!!そういえば私も課題しないといけなかったですし。私も先輩を見習っ て頑張りますっ」
「あ、ああ」

いきなり元気よく声を出した彼女の迫力に押されてたじろぐ。
そんな俺のことは気にせずに、朝日さんは手を振ってこの場を去っていった。

「何だよ」

気がつけばすぐ近くに要が居て、何か言いたげにこちらを見ていた。

「何で嘘吐いた?」

眉根を寄せて、要は俺との距離を少しだけ詰めた。
要の口ぶりから察するに、多分こいつは俺と朝日さんの話を聞いていたのだろう。

「何で嘘吐いた。お前、課題は午後の授業で終わっただろ」
「‥‥まだやり残したことがあるんだよ」

その俺の一言で、要の不快度指数はどっと上がった。

「俺にまで嘘吐くつもりかっ!?」
「別に。そんなつもりはないよ」
「ないならっ」
「じゃあ、言ってもいいのか?」

静かに俺は要にそう問いかけた。

「勝手に言えばいいだろ」
「じゃあ言わせてもらうけど」
「何だよ」
「お前が俺と朝日さんをどうにかしようとしてること、はっきりいって迷惑だ」

そんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。
要は大きく目を見開いた。

「お前は面白がってるのかもしれないけど、俺にとっては迷惑でしかないんだ」
「それが、お前が吐いた嘘とどう関係があんだよ」

頭に浮かぶのは、留美の顔。
俺の最愛の人。今となっては、この想いは迷惑以外の何物でもないけれど‥‥。

「あるよ。大有りさ」

要は黙って聞いている。
俺が話しだすのを待っているのだろうか?

「‥‥好きな人がいる。ただ、それだけだ」

届かない想いの切なさを思い出す。
少しだけ胸が苦しかった。

「だから、嘘を吐いたんだよ。これ以上、俺に好意を寄せている彼女と親しくするのは耐えられなかった」
「‥‥好きな相手に誤解されるのが嫌だってことか?」

そう尋ねてきた要と目を合わせる。
それから、また目を逸らして窓の外に広がる青空に目を向けた。

「そんないいもんじゃない。そんな夢みたいなこと、もうありえない」

彼女は俺の大切な親友の恋人。
俺が彼女以外の誰かを好きになっても、きっとこう言うのだろう。

『頑張ってね。応援してる』

なぁ、そうだろう。留美‥‥


BACK | NEXT | TOP

Copyright (c) 2005 huuka All rights reserved.





100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!