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ただ君の幸せを‥‥。

36.戻らない記憶



あの後、斎藤さんは羽田に埋め合わせはまた今度とかなんとか言い訳をして1人ここに残った。
羽田は最後まで不審そうな顔をしていたけれど、渋々といった風に帰っていった。
完全に羽田の姿が見えなくなったことを確認した後、斎藤さんは外から戻ってきて適当に席についた。
そして、俺にもそこに座るように促す。

「率直に聞くぜ?お前、俺ら三人の関係どこまで知ってる?」
「え、三人って‥‥斎藤さんと和樹と‥‥羽田のことです‥よね」
「ああ」

すべての作業を終えて、静香がこちらにやってきてそっと俺の隣に座る。
一度チラリと静香に目を向けたあと、また斎藤さんに意識を戻した。

「俺が分かってる‥‥っていうより、考えてることは、和樹も羽田が好きってことぐらいです。他に何があ ったとか、そんなのは何も知りません」

斉藤さんは探るように俺の瞳を覗き込む。
それから深く息を吐いた。

「そっか‥‥。あいつ、まだ何も言ってないんだ」
「 ? 」
「俺が言っていいことなのか分からない。けど、今一番近くにいるお前は知っているべきなのかもしれない 」
「え?」

言うことをためらっている斎藤さん。
その様子を見て、今まで黙っていた静香が口を開いた。

「斎藤‥さん?あの、何の面識もない私がいうのも何なんですけど、教えてくれませんか?立石君のこと」
「‥‥葉瀬倉の彼女さんも、和樹の知り合い?」
「はい。私、立石君には色々助けてもらったから‥。今、彼が何かに苦しんでいるなら‥‥力になってあげ たいんです」
「ああ、そういえば。和樹が以前奔走してたのはお前らのためだったな」

そう言って、納得したように俺に視線を送る。

「良かったな、お前。和樹と会えて」
「は?」
「だって、お前。和樹と会えてなかったら、今頃ここで彼女とお茶なんか飲めてないぜ?」

言われてから、そうだったということを思い出す。

「彼女さんの気持ちを無駄にするこも出来ないからな、話すことにする」

それから斉藤さんは一度目を閉じて、深呼吸をした。
ゆっくりと目を開き、ポツリポツリと話し出す。

「今、留美ちゃんと付き合ってるのは俺だけど‥。高校のとき、留美ちゃんは和樹と付き合ってたんだ。でも、そのこと を留美ちゃんは知らない」
「え‥?知らないって‥‥」
「知らないんだよ。留美ちゃんの中に、和樹と付き合っていた頃の記憶は無いんだ」

斉藤さんの話に俺はもうすでに付いていけていなかった。
記憶が無いってどういうことだ?意味がわからない。

「和樹と留美ちゃんが付き合ってたとき、ある日突然留美ちゃんは事故に遭った。命に別状は無くて、ホッと したのも束の間‥‥何故か留美ちゃんは和樹の記憶だけを無くしてしまった。親のことも友達のことも学校 での生活のことも‥‥何もかも覚えているのに、『立石 和樹』という人物だけ覚えていなかったんだ」

ふっと和樹の笑顔が頭の中を過ぎる。
羽田と話していたとき、あいつはどんな気持ちで笑っていたのだろう。

「わずかな望みを信じて、和樹は留美ちゃんの記憶が戻るのを待ってた。でも、ある日気付いたたんだ。も う、自分の記憶は戻らないだろう。って‥」

当時のことを思い出して、切なげに顔を歪める斉藤さんを俺と静香はただじっと見詰めていた。

「和樹のことを忘れてしまった留美ちゃんは、次の相手に俺を選んでくれた。最初は、付き合う気なんて全 然無かった」
「なら、何で今‥?」
「和樹が言ったんだ。俺たちが上手くいくことを祈ってるって」

そして斎藤さんは、ハッと一声漏らして笑う。

「馬鹿みたいだろ?あいつ。留美ちゃんのこと好きなくせに、好きで好きでしょうがないくせにっ。俺に託 すんだ。俺とくっつけようとするんだぜ?」

今にも泣いてしまいそうな顔をして、斉藤さんは続ける。

「馬鹿で馬鹿で、ありえないぐらいのお人好しの和樹は、ただ彼女の幸せを願った。自分の幸せなんか棚に あげて、ただ留美ちゃんのことだけを想って‥‥。あの時、俺が留美ちゃんと付き合うことを決めたのは、 いつかもし和樹の記憶が戻ったとき俺ならすぐに別れてやれると思ったから」

そこまで言ってから、ハッとしたように顔をあげて俺たちを斉藤さんは見つめた。

「誤解の無いように言っとくけど、俺は留美ちゃんのこと本当に好きだ。好きじゃなかったら、和樹のため だからといっても付き合ったりなんかしない」
「好きなのに、その彼女の記憶が戻ったら別れられるの‥?」

静香がふとした疑問を口にする。
その疑問を聞いた斉藤さんは、少し考えるようにして俯く。

「彼女が望むならいつでも別れてやる。確かに俺、留美ちゃんのこと好きだけど、それ以上に和樹と付き合っ てた頃の留美ちゃんが好きなんだ」
「じゃあ、もし‥‥彼女の記憶が戻っても別れることを望まなかったら?もしくは、口にすることが出来なか ったら?」
「その時は、俺がもらう。高校のときなら、俺は迷いもなく言っただろう。自分から別れようと‥。和樹の ところへ行けと。でも、少し時間が経ちすぎた。今でも、和樹の記憶が戻ること信じてるよ。けど、それと 同時に戻らないことを望んでる自分がいる」

苦しげな表情をして、斉藤さんは言葉を紡ぐ。

「一緒にいれば居るほど、好きだという気持ちが大きくなっていく。これだけは、止めようが無いんだ。悪 いと思う。あの頃誓ったことを違えそうになる。そんな自分が、今もの凄く嫌いだ」

黙り込む俺たちに斉藤さんはじっと視線を送る。
それから、たった一言発して席を立った。

「え、ちょっとっ」
「じゃあな」

カランカランと音を鳴らして外に出て行った彼の後ろ姿を、俺たちは呆然と眺めていた。
彼は最後にこう言ったのだ。

「この想いは、あいつを裏切ることになるのかな」

何が正しくて、何が間違っているかなんて‥‥そんなことは誰にも分からない。
けど、これだけは言える。
斎藤さんも和樹も‥‥本当に本当に、彼女のことが好きなんだってこと。


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