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ただ君の幸せを‥‥。

37.誘い



要に好きな人が居ることを申告してしばらくは、お互いに忙しくてゆっくり話す間も無い日々が続いていた。
別に、特別話したいことがあるわけでも無かったけれど、これだけ長い時間口を交わさなかったのも久しぶ りだなぁ。と、感じていたのだ。
ちなみに、アレから俺は結構露骨に朝日さんのことを避けるようになった。
悪いことをしているということは十分理解していた。
けれど、一度避けてしまったら後には引けなかった。

「和樹」
「え?」

名前を呼ばれて反射的に振り返る。
そこには、要が何ともいえない表情をして立っていた。

「ちょっと話せるか?」

妙に固い表情をして声を出す要。
久しぶりに話すというのに、この雰囲気はなんだろう?
そんな疑問を抱いたけれど、あえてそこまで深く考えることはしなかった。

「大丈夫だけど?何だよ」
「いや、ここじゃちょっとな」

見渡せば、ここは色んな人が頻繁に通る廊下のど真ん中。
こんな所で話し込んだりなんかすれば、聞き耳は立てられるは横目でチラリチラリと覗き見されるはで鬱陶 しいことこの上ないのである。
そのことを充分理解していて、俺はこくりと素直に頷いた。
けれど、要はすぐに返事を返さずに考える素振りをする。
眉間に皺を寄せて、じっくり考えた後ゆっくりと口を開いた。

「‥帰りに、静香の店に寄ってくれないか?そこで話す」
「いいけど‥」
「そうか。じゃあな」

俺の返答に少しだけホッとしたような表情を見せて、要はゆっくりと後ろ向いて歩き出した。
要が俺に背を向けて歩き出したのを見届けたあと、俺もゆっくりとそこから歩き出す。
その時の俺には、このあと要に何の話をされるかなんてこと見当もつかなかった。


********


カランカラン。

軽やかな鐘の音が店内に鳴り響く。
その音を聞きつけて、白井さんがにこやかに俺を出迎えてくれた。

「いらっしゃい。どうぞ、もう要来てるわよ」
「ありがとう」

そっと指差された方向に目をやると、そこには昼間会ったときと同じような顔をしていた。
何をそんなに深く考えることがあるのか。
もしや、何か悩みでも抱えているのだろうか?
そんなことを考えながら俺は要に一歩一歩確実に近づいていった。

「よっ」
「‥‥‥‥」

要の座るテーブルの向かい側に座りながらそう声をかけた。
チラリと視線を向けてきただけで、要は何も言わずに目を逸らした。

「話ってなんだよ。何か悩みでもあるのか?」
「‥‥っだろ‥」
「え?なんだよ。聞こえないって」

俺の目を見ないまま、要はボソリと呟く。
せっかく話してくれた言葉を聞き取れずに、思わず聞き返した。
すると、要はキッと視線を俺に合わせてバンッとテーブルを両手で叩き付けた。

「悩んでたのはお前だろっ!?」

その剣幕と発せられた言葉に驚いて声も出なかった。
微妙に開いている口を閉じることもせずに要を眺める。
気がつけばすぐ隣には、お茶を運んできた白井さんが立っていた。

「他人の心配ばかりしてっっ。お前は馬鹿か!?」
「ちょっ、要落ち着いてよ」

そっと持ってきたお茶をテーブルの上に置いて、白井さんが宥める様にして要に声をかけた。
それを唖然としながら見守る俺。

「‥‥全部聞いた」
「は?何を‥」

未だ燃え尽きぬ怒りの炎を瞳に宿して、要はそう口にした。
けれど、何を言われているのか分からない俺は首を傾げる。

「お前の高校時代のこと」
「‥‥え‥?」
「羽田‥‥留美のこと」
「 !? 」

瞬間、ありえないぐらいの大きさに目を見開いた。
こいつは何を言っている?
動揺を隠し切れずに口がわなわなと動きだす。
無表情になることも上手く笑うことも出来ない。

「‥‥な、‥何言って。何で、お前が‥」
「斎藤さんに聞いた」
「達也にっ!?」

そうだと要は頷く。
別に、いずれは言おうと思っていた。
だから、勝手に話した達也を責めようとは思わない。けど‥‥、不意打ちだった。
心臓の音が大きくなる。まさか、今日留美のことを要と話すことになるとは思っていなかった。

「ちょっと‥‥待ってくれないか」
「‥‥ああ」

やっとの思いでそう口にして、俺はグッと拳を握り締める。
俺の話を聞いてもらうために、心を落ち着かせるよう深呼吸を繰り返した。


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