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ただ君の幸せを‥‥。

4.あの春の日



和樹君を初めて見たときの印象は、 あまり良くなかったことをよく覚えている。


「お母さん!!私ねっ、彼氏が出来たの!! 次の日曜日に連れてきてもいい?」

留美のその嬉しそうな顔を見て、私も凄く喜んだ。

「ええ。もちろんよ。 おいしいケーキでも用意して待ってるわ」


いよいよ明日が日曜日だという土曜日の午後に、 その事件は起こった。


『羽田 冬留の担任で、山下と申しますが』
「まぁ!いつもお世話になっています」
『お母さんですね?落ち着いて聞いてください。 冬留君が高校生のケンカに巻き込まれまして』
「え!?」

急いで私は交番まで向かった。

交番に着いたとき そこに居たのは、 泥だらけになっている冬留と、傷だらけの高校生の少年が一人。
あと、ボロボロになってもう立てそうも無い高校生が三人いた。

「お母さん!!」

そう言って走り寄ってきた 中1の息子を抱き寄せて、 きっと中心人物なんだろうと思われる少年をキッと睨みつけた。

「ホラ!!謝りなさい!!」

中年の少し太りぎみのおじさんに小突かれて、 その少年は軽く頭を下げた。

「すみません」


そして、もうその少年とは会うことはないと思っていた。
しかし、次の日の日曜日に留美が連れてきたのは、 昨日の少年だったのだ。


「初めまして。立石 和樹です」

私は怒りに身を任せて、 留美には悪いと思ったが、すぐに帰らせてしまった。

「今すぐ出て行きなさい!!留美の彼氏だなんて認めません!!」

追い返されることに対して 心当たりがあったのか、 少年は何も文句を言わずに一言「失礼しました」と言ったあと、 頭を下げて出て行った。

「お母さん!!何てこと言うのよ!?」
「留美!!考え直しなさい!! さっきの子は冬留に怪我させた高校生なのよ!?」
「違うわよ!!和樹はそんなことしないわ!!」

私は娘の幸せを考えて一歩も引かなかったが、 留美も一歩も引かなかった。


「お母さん。‥‥‥お兄ちゃんは何も悪くないよ」


控えめに口を挟んだ冬留は、私の目を真っ直ぐに見つめていた。


「お兄ちゃんは、僕を助けてくれたんだよ!!」


こんなにも必死に自分の意見を言う冬留を見たのは初めてで、 私はひどく驚いた。

冬留の話を聞くと どうやらあの少年は、 かつあげされそうになっていた冬留を助けてくれたのだそうだ。

「じゃぁ、どうして‥‥‥。あの時一言そう言ってくれれば‥‥」
「僕‥‥壁に頭をぶつけて、気を失っちゃったんだ。 それで、気がついたときには交番で、 僕が何を言っても 誰も信じてくれなかったんだ」
「―――‥そうなの」

気を失っていた冬留が何を言っても、きっと誰も信じないだろう。
小心者で、自分の意見を上手に言えない冬留を知らなかったら、 私も信じることは出来なかった。

次の週に もう一度和樹を連れてきてもらい、 私はひたすら謝って、そして御礼を言った。

「いいですよ。気にしないで下さい。 あの時は、誤解されても当然の状況でしたし」

そう言って笑った和樹君を見て、 留美が彼を好きになった理由が何となく分かったような気がした。

********

「そっか。じゃぁ、和樹君も私と同じ大学受けるんだね」
「そうだよ」

留美と話すのは、和樹君にとってとても辛いことだろう。
恋人同士じゃない、友達同士に戻ってしまった二人。

「―――‥‥俺、そろそろ帰るよ」
「うん、分かった。毎日ありがとうね!ノート!」
「いいって 気にすんなよ」

病室を出て行く和樹君を追って、私と夫も外に出た。

「和樹君!!」

「‥‥‥はい‥‥?」

「私が‥‥、言うことじゃないのかもしれないけど。 ‥‥言わなくていいの?」
「‥‥‥何をですか?」
「和樹君が留美の彼氏だってこと‥‥」

言ってしまってから、やっぱり言うんじゃなかったと思った。
でも、和樹君は嫌な顔一つせずに答えてくれた。

「いいんですよ。 ‥‥言えばきっと、留美は無理やりにでも思い出そうとする。 ‥‥俺なんかのために、留美が苦しむ必要は無い」
「―――‥そんなっ!!それじゃあ、和樹君が!」

目の前の彼は、本当に高校生なのだろうか?
和樹君は、苦笑しながらも はっきりとした口調で続ける。

「俺が‥‥かわいそうですか?」
「!?」

その通りだった。
自分のことや私たちのこと‥‥今までの生活を何一つ忘れてなどいないのに、 事故に遭う前とどこも変わったことはないのに‥‥。
一つだけ、たった一つだけ‥‥和樹君のことだけを忘れてしまった。
それなのに、健気にも彼は、毎日のように会いに来る。
私から頼んだこととはいえ、 記憶の戻らない留美に会いに来るその姿を見て、 かわいそうと思わずに 何を思うというのだろう。

「―――‥‥気にしないで下さい。 おばさん達のこと、友達のこと‥‥‥俺のこと以外は、 何一つ忘れてなかったじゃないですか。それだけでもう、十分でしょう」
「‥‥和樹君」
「‥‥生きててくれただけで、もう十分です。 前のようにはなれないけれど‥‥。 友達として、‥‥仲良くしていきますから」
「私っ‥‥、和樹君に何て謝ればいいか‥っ」
「何を謝る必要があるんです?俺は大丈夫です。 だから、気にしないで下さい」

そう言って あの春の日と同じように和樹君は笑った。
でも、唯一あの日と違っていたことは、‥‥泣きそうな笑顔だったことだ。
帰っていく和樹君の後姿を見ながら、私の目からは涙が溢れてきた。

「ねぇ、あなた」
「‥‥ん?」
「‥‥どうして、こんなことになったのかしら? 私が、あの日‥あの時間に 買い物なんかに行かせなかったら‥」
「もういいだろ!その話は‥‥」
「でも!!‥あの子‥すごくいい子なのよ!? 本当は、辛くて辛くて仕方がないはずなのにっ‥‥、 ただ留美のことを‥‥大切に、大切にしてくれて‥‥」
「うん。分かってる、分かってるさ」

そう言った夫の目は、やりきれなさで一杯だった。

「‥‥‥神様は、いじわるね。 あんなに想い合っていた2人を‥‥こんな形で引き裂いてしまうんだから‥‥」
「あぁ」
「どうして留美は、忘れてしまったのかしら。 あんなに大好きだった‥‥和樹君のことを‥‥」

和樹君のことを思うと、涙は一向に止まる気配を見せなかった。


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