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ただ君の幸せを‥‥。

45.懐かしい場所



葉瀬倉くんに言われたことをずっとずっと考えていた。
苦しんでいるのは私だけじゃないということ。
和樹や達也君を、きっと私以上に苦しめる結果になるということ。
分かってる。分かってるけど、どうすることも出来ない。
私が選んだ道は、和樹を忘れたままでいること。思い出していないふりを続けるということ。


例えそれが、間違った道だと言われても‥‥。
私はこれ以上あなたを苦しめたくない。
私も、これ以上傷付きたくない‥‥。


家に辿りついた私は、楽な格好に着替えてすぐさまベッドに仰向けに寝転がった。
ゆっくりと目を閉じて、今日のことを思い返していた。
それから、これからのことも‥‥。考えていた。


********


「おはよう」
「あら、おはよう。どうしたの?早いじゃない」

休みだというのに、早めに起きてきた私の姿を見て母は少しだけ目を丸くした。そんな様子に苦笑す る。

「健康的でいいでしょ?」
「まぁね。でも、困ったわね」
「何が?」
「雨が降ると洗濯物が乾かないわ」
「‥‥‥‥」

じとーっと見据えていると「冗談よ」そう言って母は笑った。
それにつられて私も吹き出す。

「で、何処か行くの?」

テレビの占いコーナーに目を向けたまま母は私に問い掛けてきた。

「うん。ちょっとね」

昨日一晩考えて、行きたいと思った場所があった。
今だから、行っておこうと思った。
懐かしい最初の場所へ。

朝食を食べてしばらくは母と一緒に並んでテレビを見ていた。
けれど、母が家事を始めた頃に私も部屋に引っ込んで出かける準備をし始めた。
手早く用意を済ませ最低限の持ち物を持って部屋を出る。

「じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」

ひらひらと手を振ってから扉を閉める。
そして私は、歩き始めた。

周りの風景や行き交う人々の顔を見つめながら、のんびりと歩く。
交通事故に遭ったあの日から今日まで、色んなことがあったと思う。
和樹のことを忘れて、達也君のことを好きになって‥‥。
達也君のことを和樹に相談するだなんて‥、何て最低なことをしてしまったんだろう。
そう思うと、少し泣きそうになった。
胸が切なく痛むのを感じながら歩いていると、ある公園に足を踏み入れた。

すり抜けていく心地よい風を頬に感じながら、その公園から見える風景を眺める。
色んな思い出が詰まったこの場所。あの頃は、ただただ愛しさだけがあったこの場所。
けれど今は‥‥。愛しい思い出と共に切なさが湧き上がってきた。
いつも彼と座っていたベンチの前まで歩いていく。

「あれ?」

ベンチの前に来て、首を傾げた。
色が変わっていたのだ。あの頃とは違うベンチを見つめながら、時間の経過というものをしみじみと感じた 。
いつも隣にいると信じていたあの頃。けど、今 私の隣にあなたはいない。
もう二度と、このベンチに並んで座ることはないのかと‥‥。
ここに座って、目の前に見える海を二人で見つめるときはもう来ないのかと‥‥。
そんなことを考えていることに気付いたとき、未練たらしい自分に笑った。

大好きな公園に別れを告げて、また歩き出す。
もうしばらく歩いて辿り着いた場所は、私達が通っていた高校だった。

どうしてここにやって来たのか?
実は、私もよく分かっていなかったりするのだ。
ただ漠然と、ここに来たいと思った。
もしかすると、けじめをつけようと思ったのかもしれない。
別れを言いにきたのかもしれない。
私と彼の始まりの場所で、思う存分あの頃を懐かしんで、大好きだという今にも溢れそうな気持ちを吐き出 して‥‥。
前に大きく進む力を手に入れるために、ここに来たのかもしれない。
もう、過去に戻りたいなどと願ったりしないために、過去に別れを告げにきたのかもしれない。


『さようなら』
そんな言葉であなたに別れは告げたくないけれど‥‥。


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