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ただ君の幸せを‥‥。

46.与えられた試練



学校の敷地に足を踏み入れると、運動部の掛け声が微かに聞こえてきていた。
きっと、この声は野球部だろう。そう思いながら足を進めていく。
行き先は決まっていた。彼に始めて話し掛けたあの場所だ。
今でも、あの花壇は健在だろうか?
今でも、あの場所に色とりどりの花達が美しく咲き誇っているのだろうか?
そう考えながら懐かしい校舎の姿を眺めつつ中庭へと向かった。


「ん?羽田じゃないか?」
「え?」

中庭へと向かう途中、何処からか自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
一度立ち止まりキョロキョロと辺りを見回していると、もう一度声を掛けられた。

「こっちだこっち」

その声に導かれて校舎の方に目を向けてみると手をひらひらと振っている先生の姿が見えた。

「先生っ。お久しぶりです」
「やっぱり羽田か。久しぶりだなぁ。元気にやってるか?」

そこには、3年の時に受け持ってくれた担任の姿があった。
あの頃とほとんど変わりのない先生の姿を見て少しホッとする。
少し小走りに駆け寄っていくと、温かい笑顔で迎えてくれた。

「はい。先生もお元気そうで何よりです」
「ハハハッ。しかし何だ今日は懐かしい顔によく会う日だなぁ」
「え?」
「いやぁ、学校に来る前にここの卒業生2、3人に会ってきたとこだったんだよ。羽田の前にも1人学校に 来てる奴いたしなぁ」
「へぇ〜そうなんですか」

私の他にも今日来てる人居たんだ。
誰だろう?と心の片隅で一瞬考えてみたけれど、あまり気にはならなかった。

「じゃあ、先生。また来ますね」
「いつでも来いよ」

軽く手を振って先生に別れを告げる。
そんな私に手を振りかえしてくれた先生はふと気がついたように口を開いた。

「お前‥、もしかして中庭に‥?」
「え、あ、はい。そうですけど」
「そっか‥」

少し考え込むようにして黙った先生を不思議に思って首を傾げた。

「どうしたんですか?」
「いや‥」

そう言って、ゆっくりと左右に首を振って先生は笑った。

「まだな、花は満開じゃないんだ。ちらほら咲いてるだけ。でも、桜は見事に咲いてるよ」
「そうですか」

そうだとでも言うように、こくりと頷いた先生。
もう一度手を振って私はまた中庭に向かって歩きだした。

先生は、歩き出した留美の背中を切なげな瞳で見ていた。
けれど、最後までそのことに留美が気付くことはなかった。


********


そこを曲れば中庭だ。
そう思うと少しだけ緊張してきた。
大きく息を吸ってゆっくりと吐き出す。
それを二回繰り返して私は中庭に足を踏み入れた。

そしてそこで、思いがけない人物の姿を目にしてしまった。

あまりの衝撃に頭の中が真っ白になった。
その場で石のように固まってしまった私は、瞬きもせずにその人物の姿を見つめていた。
信じられない。どうしてここに?
その時、強い風が吹いた。
勢いのままに桜の花びらを舞わせるその風は、私の視界の邪魔もしてくれた。
目にゴミが入りそうになり少し目を細めた。
風が止むのを待ってから、もう一度正面に向き直ったとき、先に訪れていた人物が私に気付き驚いた表情で こちらを見ていた。

「羽田?」

会いたくて会いたくて、でも、今一番会いたくない彼にどうしてここで会ってしまうんだろう?

「‥和樹‥君」

立石 和樹。私の大好きな元恋人。
残酷なまでの優しさを持つ彼に、今だけは会いたくなかった。

神様。
これはあなたが私に与えた試練でしょうか?
今此処で、始まりのこの場所ですべての決着をつけろと、そう‥仰るのですか?


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