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ただ君の幸せを‥‥。

47.別れの時



お互いに驚きの表情をしたまま硬直していた。
何ともいえない沈黙がしばらくの間続いていた。
何か言わなくてはと思うのだけれど、そう思えば思うほど何て声をかければいいのか分からなくなっていっ た。

「あ〜。‥羽田?」
「え、あ、はいっ」

先に口を開いたのは和樹のほうだった。
驚いて慌てて返事をした私に和樹は面食らった顔をしてからくすくすと笑い出した。

「そんな驚くことないんじゃないか?まぁ、俺も驚いたけど」

和樹が笑い出したおかげで、少しだけ私の緊張が解けた。
優しい温かな風が和樹のもとから流れてくるようだった。

「羽田もここの花を見に来たのか?」
「え、うん。‥『も』ってことは和樹君も?」
「そう。俺、実は毎年見に来てたんだ」
「そうなの?わざわざ‥」

卒業してからもこの時期は毎年ここに来ているという和樹の発言に驚いた。
その発言をした直後、和樹は少しだけ寂しそうな表情をした。そう見えた。
けれど、それはほんの一瞬のことだったから、実際はどうだったのかよく分からない。

「大切な、場所なんだ。俺にとってここは」
「え?」

思わず聞き返した私に、和樹はただ微笑むだけだった。
その笑顔が、少し切なげに見えるはきっと私の気のせいじゃないと思う。

「そっか」
「ああ」

和樹は、花壇の方に向き直ってそこにしゃがみ込んだ。
低くなった和樹を追って、私の目線も下がる。
咲き誇ろうとしている花たちをじっと見つめるその横顔を私はじっと見つめていた。
『ごめん』という言葉は出てこなかった。
ただ、切なさだけが溢れ出てきた。
初めにあなたに声を掛けたのは私だったね。


『何してるの?‥‥花?』


何気なくかけたその一言が、私とあなたの始まりになったね。
ちょっと気になった。だから、声を掛けてみた。
たったそれだけのこと。それだけのはずだったのに‥‥。
今では、何にも変えることが出来ない大切な思い出になった。
ずっと忘れていた私に、『大切』だと言う資格があるのかどうか分からないけれど。
あの時の私は、あなたのことをこんなにも好きになるだなんて思っても見なかった。
同じ時を過ごせば過ごす程、愛しい想いが募っていく。
そんな気持ち、和樹に会うまで知らなかった。
何もかも、一度は忘れてしまった。大切なその気持ちも忘れてしまった。

だけど、私は思い出した。
でもね。それは、和樹との時間を取り戻すためじゃない。
和樹に教えてもらったその気持ちを忘れずに、ただ『今』を生きていくため。
胸が締め付けられる程に愛しいと感じることが出来るその気持ちを‥。
ただ忘れないように。これからを生きていく。

「‥私、もう帰るね」

和樹はゆっくりと私を見上げ、それからよいしょと立ち上がった。
そして、もう一度向かい合った。和樹の瞳から目をそらさずに、逃げないように。

「ん。気をつけてな」
「うん」

優しく微笑むその姿が、今の私には眩しすぎる。
懐かしい、あの頃と変わらないその笑顔が眩しい。
言わなくてはいけない。今、言わなくては。
出来ることなら口に出したくなかった、別れの言葉を。
一度目を閉じて、軽く深呼吸をした。
例えその光景が可笑しく見えても、今の私には必要な作業だったのだ。

「さよなら」

今出来る精一杯の笑顔を見せて、すぐさま背を向けた。
よし、よし。これでいい。これでいいんだ。
そう、自分に言い聞かせながら歩き出そうとしたその時‥。

「さよなら」

愛しい人の声が聞こえた。
いけないとは思いつつも肩越しにチラリと振り返ると、変わらない笑みをした彼の姿がそこにあった。

「‥っ」

前を向いて、早足で歩き出す。顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
しばらく歩いて、堪えきれずにしゃがみ込む。

「う‥うぅ‥っ」

伝えたい。この溢れ出しそうな愛しい想いを。
なのにっ、どうして伝えることが出来ないの?
私が今付き合っている人が達也君じゃなかったなら、和樹の親友じゃなかったなら‥。
なりふりかまわずあなたの手を取ることが出来るのにっ。
優しいあなたは、優しすぎるあなたは。
そんなことをすれば自分のせいだとせめるでしょう?

「‥っ‥」

それに、和樹と別れてからの日々をずっと一緒に過ごしてきた達也君のことをそう簡単には裏切れない。

ねぇ、和樹。
私達は、何て不器用な恋をしているんだろう。
ただ幸せに、なりたいだけなのにね。


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