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ただ君の幸せを‥‥。

48.待ち望んだ筈の



ここは、白井さんの家が経営している喫茶店。
要達と話をするときには、決まってここで集まっている。
もうお馴染みの場所になってしまっているその場所に、俺と要は居た。
向かい合って座った俺達を少し離れた場所から白井さんが心配そうに見つめていた。
この店に入ってから、俺達はまだまともな会話を交わしてはいなかった。
ただ沈黙が続いていた。長い長い沈黙だった。

そもそも、ここへ話があるといって呼び出したのは要だったはずだ。
なのに、いざ来てみると何も話そうとしない。
帰りたくなったこともあるが、帰ろうとしないのは要がただならぬ雰囲気を醸し出しているからだった。
これはきっと何かあったに違いない。なら、少しぐらいの沈黙は我慢しようではないか。
少しぐらい‥。そう思い始めて、もう30分が経っているけれど。


それでもしばらく沈黙を守っていたが、しびれを切らして俺は口を開いた。

「‥いい加減何か言ったらどうなんだ?」
「‥‥‥‥」

ジッと一点を見つめ続けていた要。
しかし、俺が呼びかけたことによって一度ちらりと視線をこちらに寄越した。
けれど、まだ何かを考えるようにして口を閉ざし続けていた。
その様子を見て、軽く溜息を吐く。一体、何だというんだ。
この長い沈黙によって、興味が少しずつ薄れていっていた俺は、今日の晩飯のことやテレビ番組などのどう でもいいことへと意識を飛ばしつつあった。

「‥‥和樹」

その時だった。
ずっとだんまりを決め込んでいた要が、やっと口を開いたのだ。
違う場所へと意識を飛ばしつつあったのを慌ててこっちへ呼び戻す。

「何?」

そう問い掛けると、言い辛そうに要は視線をずらした。
そして少しだけ俯く。俺の目を見ようとはしない。
要の表情は、何か迷っているようだった。そして、何かに苦しんでいるように見えた。

「何だよ」

そう、もう一度問い掛けた。
じっと、俺と視線を合わせようとしない要を見続ける。

「‥‥‥‥」

要はなかなか口を開かない。
そんなに言い辛いことなのだろうか?
一体、こいつは今から何を話そうというのだろう?
離れた場所では、白井さんが最初と変わらず心配そうな顔をしてこちらの様子を伺っていた。

「要」
「‥‥‥‥」

そっと目を閉じて軽く深呼吸をし、要は意を決したように顔を上げた。
真剣な要の眼差しと俺の視線がぶつかり合った。

「和樹」
「何だよ」

要は続きを紡ごうと口を開いたが、声を発することなく閉じた。
それを何度か繰り返しているうちに、その光景は何度も深呼吸をしているように見えてくるようになった。

「落ち着いて聞けよ」
「お前が落ち着けよ」

すぐさまそう返した俺の心中は、その時まだ穏やかだった。
そう。要が言い渋っていた話の内容を聞くまでは。


「記憶が戻ってるかもしれない」


「え?」


咄嗟に、要の言った意味が分からなくて思わず聞き返していた。
記憶が戻っている。それが、誰のことを指すことなのか。
すると、彼は静かに続けた。俺に爆弾を落とすような内容を。


「羽田留美。お前のこと、思い出してるかもしれない」
「なっ‥」

留美が、俺のことを思い出したかもしれない?
いきなり何だ。その展開。からかってるのか?

「は、はは‥。何言ってんだよ」
「‥‥‥‥」

冗談なら、早く冗談だと言ってくれ。なぁ?
けれど、目の前に座る要の表情はいたって真剣なものだった。
俺が浮かべていた引き攣った笑いは、次第に消えていった。


「本当に?」


バクバクと心臓が大きく動き始めたのを感じていた。
かつて無い程に、俺は緊張していた。
この日を、いつだって俺は待ち望んでいた。
でも、何故だろう。どうしてか素直に喜べそうにない自分が居た。
要の返事が怖かった。
今からでも遅くない。冗談だったと、そう言ってくれればそれでいい。そう、思った。

しかし、そんな俺の期待虚しく、要は大きく首を縦に降った。
そのゆっくりとした動作は、俺の脳裏に一瞬にして焼きついた。


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