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ただ君の幸せを‥‥。

49.臆病な恋



「羽田は戻ってないって言ってたけど、多分アレは戻ってると思う」
「‥‥どうして」
「お前のこと『和樹』って言ってた。いつもの羽田なら『和樹君』って言ってるだろ?」

心臓は大きく音を立てている。
こんなに緊張しているのは生まれて初めてかもしれない。

「それだけで決め付けるのはどうかと思うけど」
「俺もそう思った。でも、記憶が戻ってるんじゃないかと聞いたら、羽田は確かに動揺してた」
「‥‥‥‥」

黙り込んでしまった俺をじっと見つめる要。
その視線で、お前はこれから一体どうするんだ? と問われているような気がした。
けれど、俺は何も答えることが出来ない。
一体どうすればいい? あまりにも突然のことすぎて、戸惑う気持ちを隠すことが出来ない。

「和樹」
「‥‥何」
「どうするんだ。お前の待ち続けた相手がやっと記憶を取り戻したんだぞ」
「‥‥そうだな」

ずっとずっと、留美の記憶が戻ることを祈っていた。
でも、それは留美と達也が付き合うまでの話だ。
留美が達也のことを好きだと知ったその時からは、ただ彼女の幸せだけを祈り続けてきた。
それは今でも変わる事の無い祈り。

「そうだなってお前‥」
「今更‥‥、戻れるわけないだろ」
「何?」
「あいつには今、達也が居る。一体俺にどうしろっていうんだ? 達也から奪えっていうのか?」

出来るわけないだろ? そんなこと。
俺が留美を好きなのと同じように、達也だって留美のことが好きなんだ。
高校のときにした達也の誓いが今でも有効なのだとしても、留美の記憶が戻ったから約束通り別れてくれな んて簡単に言えるわけないだろう?

「なら、お前はこのまま黙って見てるっていうのか!?」
「そうだ」
「なっっ!!」
「俺が勝手に決めていいことじゃない。それに、俺の記憶が戻ったからといって以前と同じように俺のこと を好きでいてくれてるとは限らない。今は、達也と一緒に歩んでいく未来を夢見ているのかもしれない。そ んな中に、俺がしゃしゃり出てくと邪魔になるだけだ。あいつらを混乱させてしまうようなことはしたくな い」

わなわなと口を動かす要。瞳は怒りで揺れていた。
心配してくれているのだと、俺の幸せを考えていてくれているのだと、気づいていた。
でも、ごめん。お前が何と言おうと、留美と話し合う気にはなれないよ。

「お前‥‥。いい加減にしろよ?」
「‥‥‥‥」
「‥っ‥‥!!」

ガタンッ! と激しく椅子が音を立てて倒れた。
そして、一瞬にして要はテーブル越しに俺の胸倉を掴みあげた。
その衝撃でテーブルが揺れる。乗っていたコップから水が少し溢れた。

「‥っんだよ」

抗議の声をあげるが、要の耳には届かなかったようだ。
要の瞳には、さっきと変わらず怒りの炎が宿っていた。
その凄まじさに、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「気付いてるか?」

突然の問いだった。
訳がわからず、俺はその問いに眉を寄せた。
そんな俺の姿は、要を更に苛立たせたようだった。

「気付いてないなら教えてやるっ」
「‥‥‥‥」
「お前はな、彼女の幸せを願いながら、ただ逃げてるだけなんだよ!!」
「!?」

その言葉に、俺は目を見開いた。
ガツンと後頭部を殴られたような衝撃を受けたような気がした。
そんな俺に、要はまだ言葉を続ける。

「お前、言ったよな。逃げるなって」

要は、きっと一昨年のことを言っている。
俺のお節介で、要と白井さんを振り回したときのことを。

「今逃げたら一生後悔するって、お前あのとき言ったよな」
「‥‥ああ。言ったよ」

ちらりと要の肩越しに見える白井さんに視線を向けた。
手を胸元でギュッと握り締めて、心配そうにこっちを見つめている。
俺の言い方が気に食わなかったのか、要は手に更に力をこめた。

「それを言ったお前が、今逃げんのかよっ!!」
「‥‥‥‥」
「俺に逃げんなと言ったその口で、今どんな言葉を吐いてる!?」

目を合わせていられなくった俺は、そっと要から視線を外した。
要は俺の胸倉を掴みあげたままガクガクと揺さぶる。
揺れる視界の中で、何故か泣きそうな表情をしている要が見えた。

「俺はっ、あの時お前にその言葉を貰わなかったらきっと今でも逃げてたっ」
「‥‥‥‥」
「なァ、感謝してんだっ」

ストンッ。と、俺を掴んでいた腕の力が抜ける。
けれど、要は未だに俺の服を掴んでいた。
少し震える声で、要は続ける。
縋りつく様に要は上体を屈めているため、その表情は見えない。

「逃げんな」

要が、ゆっくりと顔を上げた。
真っ直ぐな瞳が俺を正面から射抜いた。

「今度はお前がっ‥‥戦う番だろっ!?」

要の心からのその叫びは、俺の胸に深く深く突き刺さった。
そして、その言葉を噛み締めながら、俺はゆっくりと目を閉じた。


必死な叫びは、重く重く俺に圧し掛かった。
俺は今まで、こんな重圧を彼等に与えていたのか。
そのことに気付いたとき、少しだけ胸が痛んだ。
選択をすることは、簡単なことではない。
俺は今まで、どれだけの選択をさせてきたのだろう‥‥?


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