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ただ君の幸せを‥‥。

5.叶わぬ願い



留美が事故に遭ったあの日から もう三ヶ月が経ち、 留美の退院は、もう三日後に控えていた。

「あっ、和樹君。ちょっと今ね、留美寝てるのよ。 ごめんなさいね。わざわざ来てくれたのに」

通いなれた留美の病室に入った途端、 おばさんにそう声をかけられた。

「そうなんですか‥‥」

目の前のベットに留美は眠っていた。
幸せそうな寝顔で、思わずどんな夢みてるんだ?と 問い掛けたくなる。

「そうだわ。 ちょっと私、お花のお水を変えてきたいから、ここ任せていいかしら?」

おばさんは座っていたイスから立ち上がり、 花瓶に手を伸ばしていた。

「えっ?あの、俺が変えてきましょうか?」

何となくこの部屋で、留美と二人きりになりたくなくて 意識してなかったが自然とそんな言葉が口から飛び出していた。

「いいのよ。 和樹君は留美のお見舞いに来てくれたんだから、ここで待っていて」
「いや、あの でも‥‥」

おばさんは強引に俺をイスに座らせると、 花瓶を持ち直した。

「じゃぁ、お願いね」
「―――‥おばさんっ」

声をかけたが、 その声が届く前におばさんは病室から出て行ってしまった。

「‥‥‥‥‥‥」

今更、留美と二人きりになってどうしろっていうんだろう。
留美が俺のことを思い出すことは、‥‥絶対にないのに‥‥。


『和樹!!パフェ、食べに行かない?』

『ねぇ、写真。本当にダメなの?』


記憶を失う前の留美が、今でも鮮明に思い出せて‥‥。
それが、俺をこんなにも苦しめる。
どうして留美は俺を忘れたのだろう?どうして‥‥‥。
そんな思いは、もう忘れることにしたはずなのに。
これでいいと納得したはずなのに。
こうして、留美の姿を見つめていると‥‥ 言葉にしないと決め込んだはずの言葉が、溢れそうになる。

そもそも、本当に留美は俺を忘れてしまったのだろうか?
眠っている留美は何も語らないから、 留美が目を覚ましたら、 また あの頃のように「和樹」と呼んでくれるのではないかと思ってしまう。
それは自分の都合のいい夢だと、十分分かっている。
でも、考えずにはいられないんだ。


それだけ‥‥‥留美の存在は、俺の中で 大きなものだった‥‥。


「‥‥っ‥‥」

目頭が熱くなるのを、俺は必死で堪えた。
ここで泣くわけにはいかない。
今までずっと我慢してきたじゃないか。
それに、もし留美が起きたらどうする?
おばさんだっていつ戻ってくるか分からない。


『羽田 留美さん。大学卒業したら、俺と結婚してくれませんか?』


もう遠い昔のことのようで、 でも、本当はあれから半年も経っていなくて‥‥。

あの時のただ純粋に未来を夢見ていた自分がなつかしい。
‥‥留美との未来を何の疑いもなく、ただただ純粋に夢見ていた‥‥。

でも、留美は俺を忘れた。
どうして今が、こんなにもあの時と違うんだろう。

「‥‥‥‥からっ‥‥」

言葉にしないと決めた言葉。

「‥‥お願いっ‥だから‥‥」

留美の眠るベットの傍で、俺は両手を握り締め俯いた。
きっと留美には聞こえない。おばさんだっていない。
そんなシチュエーションが俺を弱くした。


「―――‥お願いだから、俺を‥‥忘れないで‥‥」


悲痛な和樹の小さな小さな叫びは、 ちょうど病室に戻ってきて扉の向こうでノブに手をかけた 留美の母親にしか 届かなかった。

********

夕暮れ時のこの時間を、 あれから一人で何度歩いただろう?

夕暮れ時の海の見える公園を、 あれから一人で何度通っただろう?

いつもいつも通り過ぎていただけだった公園で、 今日は 海を眺めていくことに決めた。
和樹は留美が事故に遭ってから、 この公園で海を眺めることはなくなった。
ここには、留美との色んな思い出があるから‥‥。
目を閉じれば、 瞼の裏に留美と並んで歩いた場所も座った場所もここで見た風景も、 次々に浮かんでくる。
それが辛くて、今までずっと通り過ぎるだけだった。
でも、もう そんなことでは前には進めない。

「これで‥‥最後だから‥‥」

あの頃に戻れればいい。
あの頃の留美と、もう一度この公園で話したい。

たくさんの願いが、次から次へと溢れてくる。

「‥‥‥っ‥‥っ‥」

叶うはずのない願いをどうして人は願うのだろう?
きっと‥‥、叶わないからこそ人は‥‥願わずにはいられないんだ。

「‥‥‥留美っ‥留美っ‥」

その日、俺は情けないほどに泣いた。
一生分の涙を一気に使い果たした。
だからきっと、 きっと‥‥留美が俺を覚えていなくても‥‥。見守っていける。
留美が覚えていなくても‥‥俺はずっと‥‥留美を愛し続けていける。


俺が海の見える公園で最後の最後でもう一度願った願いは、
やはり、叶うことはなかった。

月日は流れに流れ、俺達は 高校生活最後の年を迎えた。


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