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ただ君の幸せを‥‥。

50.想い出の場所



昨日、要から留美の記憶が戻ったことを知らされた。
嬉しいと感じるよりも、戸惑いのほうが大きかった。
今更どうしていいのか分からなかった。
一夜明けた今でも、正直、これからどうすればいいのか悩んでいた。
要は、俺のことを逃げているだけだと言う。
留美の幸せを願いながら、ただ逃げているだけなのだと。
言われてみれば、そうなのかもしれない。そう、思った。


「おはよう。和樹」
「おはよう」

ぼんやりしながら階段を下りていくと、リビングから出てきた母さんと鉢合わせた。

「今年も行くの?」
「え? ああ、うん。今から」
「そう。よく続くわねぇ」

どうしてだか分からないという表情をして、母さんはそう口にした。
そんな母さんに、俺は小さく笑った。

「じゃ、行ってくる」
「気をつけてね」

毎年一度、欠かさず訪れる場所がある。
この時期に、懐かしい思い出を求めては母校へと足を運ぶのだった。
母さんには、花見を兼ねてお世話になった先生に会いに行くのだと言ってある。
だから、俺が学校に行く本当の理由を知らない。
留美との想い出を忘れたくないから、必ず一年に一度訪れているのだと。
そんな恥ずかしいこと、正直に言えるはずもなかった。


********


「立石か?」

学校の門をくぐったところで、そう声を掛けられる。
視線を巡らすと、すぐに声の主が見つかった。
笑顔でこちらに歩いてくる人物の姿を見て、俺も懐かしさで自然と笑みが零れた。

「先生! お久しぶりです」
「おお。元気にしてたか?」
「はい。先生も元気そうですね」
「まぁな」

卒業時と変わらない笑顔で迎えてくれたのは、3年のときの担任だった。
変わっていない先生の姿を見て、嬉しくなった。
去年来たときは、先生が外に出ていたため会うことが出来なかったのだ。

「しかし、今日はよく人に会うなぁ。お前の前にも、2人程駅で見かけてなぁ」
「そうなんですか」
「‥‥ところで」

急に真剣な表情をして、先生が俺の顔をじっと見つめる。

「な、なんですか?」
「お前、今年もか?」
「え?」

先生の質問の意味がよく分からず、すぐさま聞き返した。
一瞬、言いづらそうに表情を歪ませたあと、口を開く。

「あー、羽田のことだよ。毎年、来てんだろ?」
「‥‥な」
「なんで? ってか?」

何でそのことを? そう聞こうとした俺の心を察したかのように、先生が俺の問いを口にした。
肯定を示すために、沈黙を貫いた。
先生は、苦笑を漏らして口を開く。

「有名‥‥だったからな。お前らのこと。知らない先生は、いないと思うぞ」
「‥‥‥‥」

何て言えばいいのか分からず、変に口を閉じたり開いたりを繰り返していた。
先生方に知られていたという事実には、正直かなり驚いている。
けれど、恥ずかしさは不思議と無かった。
それは多分、目の前にいる元担任が心配そうに俺のことを見ているからだろう。
卒業してもなお、心配してくれているのだと。そう思うと、嬉しかった。

「あー、やっぱりいい。何も言うな」
「え?」
「立ち入りすぎたな。先生の悪い癖だ」

頭を掻きながら、少し困ったように小さく笑う。

「好きなだけ遊んでけ。なんかあったら職員室にどうぞ」

そう言って、俺の頭に手を乗せてポンポンと二回叩いて行った。

「‥‥はい」

校舎のほうへ戻っていく先生の後ろ姿を見ていると、ヒラヒラと右手を振ってくれた。
そんな先生をしばらく眺めていたあと、俺も目的地へと向かって歩き出した。


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