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ただ君の幸せを‥‥。

51.卑怯な提案



まだ満開とは言い難い花壇が中庭にあった。毎年のことだ。別に気にしてなんかない。
その代わり、この時期は桜が一番綺麗に咲いているのだった。
その景色の中、俺は花壇に向かって歩いていった。
大切な、俺と彼女の始まりの場所。
きっとこれから先、何があっても忘れることなどないだろう。

そこに着くと、懐かしい思い出が一気に甦ってきた。
もう、5年近く前のことだというのに‥‥。
つい最近起きた出来事のように、鮮明に思い出すことが出来た。


『何してるの?』


そう、声を掛けられたところからすべては始まったのだ。
その時のことを思い出して、俺は小さく笑った。
懐かしい‥‥か。
留美とのことを、過去にして逃げている自分がここに居る。
要に言われた通りだった。俺は逃げている。
留美の記憶が戻ったという、この一番大事なときに、俺は逃げている。
話し合うことで自分の存在を否定されたくなくて、留美と向き合うことに背を向けた。
否定されるぐらいなら、元に戻ることなど出来ないのなら、いっそ美しい想い出のまま俺と留美の関係を終 わらせてしまったほうがいいのではないか?そんな考えを持つ自分がいた。
留美が記憶を無くした頃と一緒だ。
頑張らないといけない場面で、俺は逃げている。
留美が記憶を失ったとき、付き合っていることを隠したのは否定されたくなかったからだ。
恐かったんだ。拒絶されることが。
そして、今も。
話し合うことで、もう必要ないのだと言われることが恐い。
留美の傍には達也が居て、俺が留美の傍にいなければいけない理由なんてないんだ。
そこまで考えて、ふと気付いたように笑みを漏らす。
ほら、今だって俺は逃げている。とことん、逃げ続けているんだ。
どこかで、勇気を出さなければいけない。そんなことは分かっていた。

「‥‥勇気‥か」

口に出して、勇気を出すことの大変さを考える。
俺は今まで、人に重大な選択を迫っては勇気を出せと偉そうに言ってきた。
その俺が、いざ自分の立場になると逃げ出す? そんな卑怯な真似をしてもいいのか?
いいはずがない。要にも言われた。

「‥‥‥‥」

じっとしばらく考えた後、俺は自分自身に提案することにした。
けれど、自分に対する甘えというものがある。だから、この提案は凄く卑怯なものだ。
でも、これが俺の精一杯の勇気だった。

想い出のこの場所で、彼女と会えることが出来たのなら‥‥。
それは神様が導いてくれた運命だと思って、想いを打ち明けようと。

そう、心に誓った。
このことを要に話したなら、お前はどこまでも臆病な奴だと怒るだろうか。
その時のことを想像して、小さく笑う。
少し可笑しな気分になってきて、目の前で咲き誇る美しい桜に目を向けた。

「っ!?」

桜の花びらが視界一杯に舞い上がった。強い風が吹いたのだ。
あまりの強さに目を細める。狭くなった視界の端に、一瞬人影が映った気がした。
誰だ? そう思いながら人影が見えた方向へ身体を向ける。

「 !? 」

強い風に煽られた桜の花びらが、ひらりひらりと宙を泳いでいた。
風が収まり、舞い散る桜の向こうに見えた人の姿に俺は目を見開いた。

「羽田?」

信じられない。そう感じながら、おそるおそる口に出して問い掛ける。
けれど、どうしたらその姿を見間違うことが出来るだろう。
俺の目の前に現れた人物は、紛れもなく『羽田 留美』だった。

「和樹‥君」

彼女も驚いた表情をして、こちらを見ていた。
どくんどくんと心臓が大きく動きだした。
緊張で、指先が冷たくなるのを感じた。


――― 想い出のこの場所で、彼女と会えることが出来たのなら‥‥。

――― それは神様が導いてくれた運命だと思って、想いを打ち明けようと。


それは確率の低い提案だった。
どこまでも逃げている俺が、まだ逃げることが出来るようにと出した提案。
けれど、その低い確率が‥‥。今、目の前で起こってしまった。
想い出のこの場所で、俺と彼女はもう一度出会ったのだ。

『逃げんなよ』

そう言う要の声が聞こえた気がした。
そんなはずあるわけが無いのにと、そっと足元に視線を落とすと俺は笑った。


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