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ただ君の幸せを‥‥。

52.言えない言葉



足元に向けていた視線をふと上げてみると、留美は目を見開いたまま瞬きもせずに未だ固まっている。
何て声を掛けていいのか分からない。そんな彼女の様子が伝わってきた。
それは、俺も同感だ。そう思ったけれど、いつまでもこうしているわけにはいかない。

「あ〜。‥羽田?」

遠慮がちに声を掛けてみると、留美は弾かれたようにビクンと肩を震わせた。

「え、あ、はいっ」

慌ててそう返事をした留美に、思わず笑ってしまう。少しだけ、緊張が解けた。

「そんな驚くことないんじゃないか? まぁ、俺も驚いたけど」

留美の方も、俺が笑い出したせいかホッとしたような顔をした。張っていた肩の力も抜けたようだ。
先程吹いた強い風とは違う、優しい穏やかな春の風が吹いていた。
ひらひらと、桜の花びらが舞う。

「羽田もここの花を見に来たのか?」

他愛のない話を口に出す。そんな俺の様子を見て、留美は少しだけこちらに歩み寄ってきた。

「え、うん。‥『も』ってことは和樹君も?」
「そう。俺、実は毎年見に来てたんだ」
「そうなの? わざわざ‥」

少し不思議そうに、そして、驚いたような表情をして留美は俺を見つめる。
残りあと2メートル。そこで留美は立ち止まった。
俺にはそれが、今の俺達の距離を暗に示しているかのようで寂しかった。
伏せそうになった目を気力で持ち直す。笑え、笑え。そう言い聞かせた。

「大切な、場所なんだ。俺にとってここは」
「え?」

目を丸くする、そんな彼女に俺は微笑む。
なぁ、知ってるか? 俺がこんなにもお前のことを愛して止まないこと。
たった一人の運命の人。たった一人、俺が愛し続けて止まない人。

「そっか」
「ああ」

そっと静かにその場にしゃがみ込む。目の前の花壇を見つめる。
もう少ししたら、きっと綺麗な花を咲かすだろう。そして、新入生を温かく迎えてやるんだな。
新入生の中には、俺達のようにここで出会う二人も居るだろうか?
そんなことを考えている自分が、なんだか少しおかしかった。
だけど、俺は願っていた。
もし、俺達と同じように出会う二人が居るのなら、その二人には溢れんばかりの神の祝福を‥‥と。
波乱万丈の日々なんて歩まなくていい。平穏な日々が、何よりも幸せなのだから。
仲の良い友達と他愛の無い会話をする、大好きな人と一緒に帰る。
そんな些細な幸せでいい。それが、一番の幸せ。

何も話さず、留美は隣に立っていた。視線が突き刺さる。
大事なことを言わなくてはいけなかった。だけど、勇気が出ない。
つい先程決めたばかりのことなのに、早くも断念しそうになっている。
言え、言ってしまえ。勇気を出して。
グッと拳を握り締める。けれど、声が出てこない。
本当に、留美は記憶を取り戻したのか?
今更、そんな疑問が湧いてくる。
だってもし、留美の記憶が戻っていなければ俺の言葉は空回りするだけである。
状況が飲み込めなくて、混乱してしまうに決まっている。
留美の記憶は絶対に戻ってるのか? 怖い。怖い。怖い。
一度疑いだすと、それはもう止まらなかった。
要は記憶が戻っていると言っていた。だけど、俺自身が確認したわけじゃない。
そうだ。戻ってないかもしれない。要の、思い過ごしかもしれない。

そう思うどこかで、俺は気付いてた。
留美の中に、俺の記憶が甦っていること。何となくだけど、気付いてた。

「‥私、もう帰るね」

唐突に留美が、口を開いた。
口に出された言葉に反応して、顔を上げる。
何か吹っ切れたような、決意を秘めた表情をしていた。
そんな彼女から目をそらさないよう、俺は立ち上がって向き合った。

「ん。気をつけてな」
「うん」

何気ない風に微笑んで、声をかける。
もっと他に、掛けるべき言葉があるはずなのに逃げ腰の俺の口からは何も出てこない。
想いを打ち明けると、誓ったはずなのに。
言葉が、出てこない。否、俺自身が言葉を出すのを躊躇っているのだ。


『逃げんな』

『今度はお前がっ‥‥戦う番だろっ!?』


真剣に、心に突き刺さるような言葉をくれた要。
だけど、ごめん。やっぱり俺は、情けない弱い男だよ。
留美が記憶を失った、あの時から、俺は何も変わってない。
拒絶されるのが怖くて、ただ笑って、優しさを振り撒いて、逃げるだけだ。
情けない。本当に、情けない男だ。
そう思ったとき、留美は口を開いた。

「さよなら」
「 !? 」

久しぶりに、自分だけに向けてくれる笑顔と出会った。
『さよなら』という、悲しい響きの言葉と共に。
留美はすぐさま俺に背を向けた。その姿は、俺に対する無言の拒絶のように思えた。
もう、これで終わりなのだと、本能的に悟った。
歩き出そうとする彼女に掛ける言葉は、決まっていた。

「さよなら」

口に出す、四文字の言葉。
自分の口からでた言葉も、悲しい響きがしていた。
笑え。これが最後だ。彼女が、ここから立ち去るまでは。

「‥‥っ」

一瞬、肩越しに彼女は振り返った。目と目が合う。
一瞬だった。その一瞬で見た、彼女の目に光るものがあったのは気のせいだろうか。
歩き出す、彼女の遠ざかる背中を見つめていた。


好きだ。好きだ。愛してる。今でも変わらず。
愛しい。そう、感じているのに、言葉に出来ない自分が居た。


臆病な自分に嫌気が差す。目頭が熱くなった。
悲しいからじゃない。弱い自分を恥じてだ。
次第にぼやけ始めた視界の中で、彼女の姿はとうとう見えなくなった。

「‥‥っ」

ポタリと、足元に一粒の滴が落ちた。
拳を固く握り締める。爪が手の平に食い込むほどに‥‥。

愛してる。この四文字が真実の言葉。『さよなら』なんて言いたくなかった。
だけど言ってしまった。別れを受け入れてしまった。
ごめん、要。俺には、無理だったよ。弱虫な俺を見て笑うか? 呆れるか?
勇気を出さなくてはいけない場面で、またしても逃げてしまった俺を‥‥。


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