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ただ君の幸せを‥‥。

53.願い続けた未来



ずっと、おかしいとは思っていたんだ。
俺と会うとき、何故か寂しそうに微笑むことが増えた。
心の底からの笑顔というものを、いつの間にか見ることが出来なくなっていた。
そして、そのどこか無理したような笑顔を俺は知っていた。


高校時代、俺の親友も、今の彼女と同じような笑みを浮かべていた。


「おはよう」

久々のデートの日、俺は朝から家まで留美ちゃんを迎えに行った。
玄関先で出迎えた俺を見つめて、少し微笑む。

「おはよ」

それからそっと合わさっていた視線を逸らし、靴を履く。
そんな彼女の様子を見つめ、俺は複雑な心境で苦笑した。
いつからだろう。なんとなくぎこちない空気が俺達の間で流れ始めたのは。

「‥‥達也君?」

彼女の態度がおかしくなってしまった原因。
それに俺は気付いていた。気付いたといっても、それはつい最近のことだったけれど。

「達也君」
「うわっ」

突然どあっぷで現れた留美ちゃんの顔に俺は驚いた。
反射的に2・3歩後退さる。

「そんなに驚かなくても‥‥」
「いや、ごめんごめん。ちょっと考え事しててさ」
「考え事?」
「ああ」

お前と、和樹のこと‥‥。
小首を傾げて俺を見上げる彼女を、何ともいえない気持ちで見つめた。
なぁ、和樹のこと‥‥思い出したんだろ?
留美ちゃんが心の底から好きなのは、和樹だったんだって‥‥。思い出したんだろ?


********


「お前、もしかして‥‥。記憶戻ってるのか?」

たまたま聞いてしまったその言葉。
留美ちゃんが葉瀬倉と話していたところに、俺は偶然居合わせていた。
公園近くを通りかかった俺は、2人に気付いた。
そっと近づいていって驚かしてやろうかと思って、近づいていったはいいものの耳に入ってきたフレーズに 俺は固まった。

「‥何のこと?」

長い長い沈黙のあとに吐き出した彼女の言葉。

「残念ながら記憶は戻ってないよ。和樹君には本当に悪いと思ってるけど」

なぁ、気付いてたか? 記憶が戻ってることを否定するその声が、可哀相な程に震えていたことに。
だから俺は知ってしまった。彼女のおかしい態度の原因を、知ってしまった。

「出来ることなら、早く思い出してあげたいけど‥。なかなか、ね」

その言葉を最後に、俺はそっとその場を立ち去った。
きっと彼女は、和樹のことを思い出したのだろう。あの頃の日々が甦ってきたのだろう。
無理をして微笑む、彼女の姿が脳裏を過ぎる。
ああ、あの表情の原因はこれだったのか。

「‥‥ハッ。ハハッ」

何だか無性におかしくなった。彼女のことを真剣に心配していた俺の日々は何だったんだ?
留美ちゃんは、和樹のもとに戻りたくて悩んでた?
だからあんなに複雑そうな表情をして、俺と会ってたのか?
いつ俺に別れを告げようかと悩んでたのか?
振られようとしていることにも気付かずに、俺は彼女の心配?
馬鹿じゃねェの。そう、思った。

「‥‥ホント、馬鹿だ。俺」

歩くスピードが落ちていき、次第にその足は歩みを止めた。
通り過ぎて行く人が、不審そうに俺を見ていた。
けれど、そんなことも気にせずに俺はただ立ち尽くしていた。


『留美ちゃんが和樹のことを思い出したなら、俺は潔く身を引きます』


過去に俺が、彼女の母親に言った言葉だった。
願い続けた未来がやっとやって来たんだ。どうして素直に喜べない。
どうしてっ、どうしてっ‥‥。

「‥‥っ」

涙が溢れてくるのだろう。頬に伝うものを乱暴に手で拭う。
願っていた未来のはずだった。
留美ちゃんが和樹の記憶を取り戻すこと、心の底から願っていたあの日々は一体なんだった?
いざこの日がやってきて見ると、身体が震える。心が震える。
手に入れてしまった幸せを、手放すのが怖い。
あの頃、考えたことも無かった恐怖が俺を襲っていた。


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