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ただ君の幸せを‥‥。

55.正しい選択



春はあっという間に通り過ぎていった。
和樹の記憶を取り戻した私は、達也君の手を取ってこれからを歩んでいくことを決めた。
和樹のことが嫌いになったわけではない。
ただ、事情を知りながらも私のことを愛してくれた達也君の好意を裏切りたくなかった。
この人の傍で生きていこう。そう、思った。


達也君のことを好きだという気持ちに偽りは無い。愛しいと思う。
けれど、女の子と一緒にいる和樹の姿を見ると胸が痛む。
それは隠しようの無い事実だった。

『朝日 由紀菜』

一つ年下の彼女は、和樹のことが好きなのだろう。
以前、彼女に引っ叩かれたことでその想いに気付いた。
あの時は理解出来なかったけれど、今になって思えば叩かれて当然だと思う。
だって私は、無意識とはいえ本当に最低なことをしていたのだから。


「留美!!」

少し遠くの方で私を呼ぶ声が聞こえた。
聞き覚えのある声に、自然と口元が緩む。

「沙織!!」

小走りでやってくる沙織に手を振る。
今日は、久しぶりに高校時代の友達と会う約束をしていたのだ。

「ごめんね。待ったでしょ?」
「ううん。平気平気」
「えーっと、どうしよう。とりあえずどっか入ろっか」
「うん」

私達は、一番最初に目についたカフェに入ることにした。
今日沙織を呼んだのは、聞いて欲しいことがあったからだ。
高校時代、達也君同様に私と和樹のことを心配してくれていた彼女だからこそ、聞いて欲しいことがあった。
和樹の記憶が戻ったことを聞いたら、彼女はどんな反応をするだろう?
多分、複雑そうな表情をするんだろうと思う。
そんな沙織の表情を思い浮かべて苦笑した。


********


「‥‥戻‥‥った?」
「うん」

瞬きもせずにこちらを見つめてくる沙織。
そんな彼女の姿を苦笑しながら見ていた。
何か言いたそうに口を開くが、すぐに思いとどまったようにして閉じてしまう。
そんな動作を何度か繰り返した後、沙織はやっとのことで声を出した。

「それで、今‥‥どうなってるの?」
「‥‥‥‥」

予想していた質問だったが、いざ投げかけられてみると上手く答えることが出来ない。
妙な緊張感が襲ってくる。それは、自分のした選択に自信が無いからだろうか。
沙織は、じっと私の答えを待っている。
彼女の中で、私の出した答えは何だと思っているだろう。
和樹とよりを戻したと思っているだろうか。それとも、達也君と付き合い続けると思っているだろうか。

「相変わらずよ。事故に遭ってから、何も変わることなく達也君と付き合ってる」
「!?」

そう告げたと同時に、沙織は今にも泣き出しそうなぐらいに悲しい顔をした。
口をわなわなさせながら、少しずつ、私から目を逸らしていった。
どうして。
そんな呟きが聞こえてきた。
沙織の肩が、かすかに震えている。

「ねえ、留美。どうして? 何でなの? 何で和樹君と‥‥っ」

よりを戻さなかったの?

あとに続く言葉は、わざわざ聞かなくとも簡単に予想することが出来た。
どうしてよりを戻さなかったのか。今聞きたいことは、それしかない。
でも、私が達也君を選んだことはそんなに悪いこと? いけないことだったの?

「和樹のところへ行かなかったこと、そんなに不思議かなぁ? ねぇ、そんなに不思議なこと?」

声が震える。今の本当の気持ちを話すのは、沙織が最初で最後の相手に違いない。
だってこんなこと、正直に話せる相手なんていないに等しい。

「みんな和樹和樹って言うけど、今まで傍にいてくれたのは達也君だよ。全部何もかも知ったうえで、傍に いてくれたのは達也君なんだよ?」

そんな彼を、どうしたらあっさり突き放すことが出来るのだろう。
出来るわけない。だって、彼の気持ちを知っている。
私を本当に大事にしてくれていることも、和樹のことを大事にしていることも、知っている。
そして、彼はしっている。私が達也君のことを、和樹と同じようには愛せていないことに彼は気付いている。

「ねえ、その彼をどうしたら突き放すことが出来るの? 記憶が戻ったからもうお付き合いは出来ません? 言えるわけないじゃないっ。沙織なら言えるの? 言えるっていうの!?」
「難しいかもしれないっ。でも、和樹君のことが好きなのに達也君と付き合い続けるのは間違ってる!!  振り回される達也君が可哀想じゃない!!」
「‥‥っ。分かってる、分かってるわよっ。そんなこと!!」
「ならっ!!」
「でもっ‥‥」

堪えきれずに、涙が零れる。
震える声で謝り続けた彼の声が、まだ耳に残っている。

『ごめんっ』

それは何に対しての謝罪なのか。デートに遅れたことか、それとも、もっと別の‥‥。
ただ、彼のもとを去って和樹のところへ行けば、こうしてまた泣くのだろうか。
そう思うと、彼のことを裏切りたくないと思った。

「好きなのっ。達也君のことが‥‥っ」
「‥‥‥っ」
「でなかったら、何のためらいもなく和樹のところへ行ってる。行ってるわよっ」

両手を口元に当て、嗚咽を堪える。
それでももれ聞こえる嗚咽は確実に店内に響いていて、ちらちらとこちらを窺っている客が何人かいた。

「ねえ。私は、どうすれば良かったの? それでも、やっぱり和樹を選べば良かったの? それが正しい答 えだったって言うのっ。一番に愛されることは無いと知りながら、愛してくれた達也君を切り捨てるのが正 しい答えだと?」

気付けば、沙織の頬にも涙の筋が出来ていた。
静かに、ただ静かに涙を流していたのだ。

「ごめん。ごめんね」

優しい優しい声で、沙織は何度も謝り続けた。
その声を聞くと、また涙が溢れてきた。


もう、それ以上私なんかに謝らないで。
謝られる資格なんて、私には無い。
声が枯れる程に謝り続けなければいけないのは、私なのだから。


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