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ただ君の幸せを‥‥。

56.吐き出した感情



「話がある。時間作ってくれないか」

突然掛ってきた電話に何気なく出ると、妙に固い達也の声が聞こえた。
達也にそう呼び出されたのは、昨日のことだった。
何となく嫌な予感がしながら、今日を迎えた。
待ち合わせた場所はとある公園だった。

嫌な夢を見たせいで、今日は早くに目が覚めてしまった。
夢の内容は覚えていない。とにかく嫌な感じがしたことだけを覚えている。
身なりを整えて、家を出る準備をする。
このまま家を出れば、間違いなく早めに公園に着く事になるだろうがこのまま家でぼんやりしていると逆に 遅刻してしまいそうだ。

「ちょっと出てくる」

そう母に声をかけて玄関に向かう。
ひょっこりリビングから顔を出した母が口を開いた。

「お昼どうするの?」
「いい。そのまま学校の方に行くから。そこで適当に食べるよ」
「はいはい。分かりました」

またリビングに引っ込んでいったのを見届けてから靴を履く。
そして俺は、待ち合わせ場所へと向かったのだ。


********


「あれ? 達也?」

絶対に自分の方が早く着くだろうと思っていた予想が見事に外れ、公園にはすでに達也が来ていた。
そのことに驚き目を見開く。
ベンチに座っていた達也が、俺に気付いて腰をあげた。

「よう」

何か思いつめた表情で、達也はこちらを見ていた。
こんな表情をした達也を見たのはいつ振りだろうか?

「何だよ。話って」

達也の雰囲気に呑まれまいと平静を装う。
ジャケットのポケットに突っ込んだままの右手はじんわりと汗をかいている。
どくんどくんと心臓が早鐘を打つ。嫌な予感がする。何だかとても、嫌な予感がしていた。

「留美ちゃんの記憶が戻った」
「‥‥っ」
「彼女の口から聞いたわけじゃない。でも、ずっと一緒に居た俺だから分かる。あいつは、お前のこと思い 出してる」

いきなり口を開いた達也は、俺に留美の記憶が戻っていることを告げた。
以前、要にそのことを告げられていたためにあの時程の衝撃は無い。
でも、要の口から聞くのと達也の口からそのことを聞くのでは重みが違う気がした。

「でも、留美ちゃんがお前のところに戻る気配は無い」
「‥‥‥‥」
「むしろ記憶が戻ったということを隠しきろうとしてるように見える」

その時、脳裏に過ぎったのはあの日のことだった。


『さよなら』


お互いに桜の下で別れを告げた、あの日ことが鮮明に甦ってくる。
ほんの少し前のことだ。まだひと月程しか経ってないだろう。
あの日、恐らくお互いに別れを告げあったのだ。
留美は俺が気付いていることを知らなかっただろうけれど、俺は要に聞いていたから。
留美の記憶が戻っているだろうということ‥‥。

「はっきり言う。俺は留美ちゃんと別れるつもりはない」
「‥‥わざわざ、そのことを言うために?」
「そうだ」
「はっ。そんなことのために呼び出したのか? 朝からっ、わざわざ」

俺がお前に別れてくれとでも言うと思ったのか?
手が小刻みに震えていた。声も微かに震えている。
ポケットの中で震える手を握りしめて達也に問う。

「わざわざ俺にそのことを告げて、お前はどうしたいんだ?」
「和樹」
「釘でもさしにきたつもりか? そんなことしなくてもお前達の邪魔したりなんかしないっ」
「なっ!! そんなつもりで呼んだんじゃない!! ただ俺は‥‥」
「ただ俺は? ただ俺は何だよ。なぁ?」

イライラする。どうしようもなくイライラしていた。
付き合い続けることなんて、当たり前のことだと感じていた。
わざわざ俺に言いに来ることない。それとも、俺のことを馬鹿にしたかったのか?
なぁ、達也。俺のこと笑いに来たのか? 未だに留美のことを忘れられない俺を笑いに来たのか?

「何なんだよ達也。お前、俺に何が言いたいんだよ」
「ただ俺は、お前に正直に話しておきたいと思っただけだ」
「‥‥正直に話しておきたい? 違うだろ。そんなのはただの建て前だ」
「‥‥どういう意味だよ」

達也は怪訝な表情をしている。
身体中が熱い。けれど、頭の中は妙に冷静だった。

「お前はな、俺に正直に話すことで気を楽にしたかっただけだろ? 留美の記憶が戻ったはずなのに、付き 合い続けるという罪悪感を少しでも俺に感じていたから。だから正直に話した。そうだろ?」
「‥‥っ!?」
「お前は俺に何て言って欲しかったんだよ。俺のことは気にしなくていいから‥‥とでも言って欲しかった のか?」
「和樹っ、俺は!!」
「そんなつもりじゃないって?」
「!?」

図星をさされたように、言葉に詰まる。
達也の表情は悲しげに少しずつ歪んでいく。
だけど、もう俺は止まらなかった。止められなかった。

「お前はさぞかし楽になっただろうな。俺に正直に話して、これからも付き合っていくということを宣言し て。でも、俺はどうなる? そのことを聞かされた俺は?」
「‥‥‥‥」
「なあ達也。これからも付き合い続けていくってこと、わざわざ俺に言う必要あったか? だって、留美の 記憶が戻ってなかったらお前が俺に付き合っていくことを宣言することは無かった。たまたま留美の記憶が 戻ったから、少し後ろめたくなって俺に言うことにしたんだろ?」
「和樹‥‥」
「お前からわざわざ現実を突きつけられなくても知ってたさ。留美の記憶が戻っただろうってことも、留美 が達也を選んだってことも!!」
「‥‥っ」

熱いものが目頭にこみ上げてくる。視界が滲む。
だけど、高ぶった感情はもう止めることが出来ない。

「なあ、俺の気持ちはどうなる? お前にそんなこと言われて平気だとでも思ったか? あの事故の日から 今まで、平気で生きてきたとでも思ってたか?」
「‥‥‥‥」
「辛かったさ!! だけど、平気な振りでもしなきゃやってられなかった!! 俺の精一杯の強がりだよっ」

堪えきれずに涙が零れる。
切ない想いと、弱虫な自分への嫌悪感が一気に溢れてきた。

「お前と留美が付き合うの嫌だったよ。留美が他の男を好きになるの嫌だったよ。でもな、嫌われるのが怖 くて、拒絶されるのが怖くて、真正面から留美と向き合うことが出来なかったのは俺の弱さだったから」
「‥‥‥‥」
「お前のことを憎んだり責めたりする気は無かった。だって当たり前だろ? 逃げた俺に責める権利なんか 無い。でもな、だからって傷付かなかったわけじゃない。平気だったわけじゃない」

ポタリポタリと涙の粒が地面に降り注ぐ。
達也はひどく傷付いた表情をしていた。

「今でも変わらず留美が好きだよ。誰よりも一番愛してる。だけど、その留美が選んだのはお前だから。記 憶が戻っても変わらずお前の傍にいることを選んだのは、お前との今までの日々が掛け替えのないものだっ たからだ」
「和樹?」
「だからお前は自信を持っていいんだよ。わざわざ俺に話さなくても、充分お前は留美に愛されてる。後ろ めたさなんか感じなくていい。お前を選んだのは留美の意思だ」
「‥‥‥‥」
「俺の存在を重荷にしないで欲しい。今まで通りでいいんだ、今までと同じで。お前らの姿を見て、やっぱ り俺は傷付くだろう。辛くなるだろう。でも、それでいいんだ。それを選んだのは俺だから。だから‥‥」
「‥‥和樹」
「幸せになって欲しい。俺はもう、幸せでさえいてくれたらそれでいいから」

ありがとう。
小さく達也は呟いた。
その声を耳にして、俯いていた顔を上げる。達也の目に小さく光るものがあった。
それを目に留めて、俺は小さく笑った。
馬鹿だなぁ。俺もお前も。不器用すぎて、馬鹿みたいだ。


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