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ただ君の幸せを‥‥。

9.流れ続ける時間



月日は無情にも流れ続けるもので、 留美が事故に遭ってから いつの間にか 一年が経っていた。

「お母さん!!私 彼氏が出来たのよ!! この間告白したら上手くいったの!!」
「えっ‥‥」

無邪気に喜ぶ目の前のわが娘。
その時、違うと分かっていながらも 浮かんできたのは‥‥

『お母さん!!私ねっ、彼氏が出来たの!! 次の日曜日に連れてきてもいい?』

あの日、嬉しそうに笑いながら和樹君のことを知らせた娘の顔だった。

「‥‥‥和っ、‥‥立石君じゃないのよね?」

違う。そう分かっていても聞いてしまったのは 何故だろう。
きっと、私自身が そうであって欲しかったのだ。
留美は心底不思議そうな顔をして、声を立てて笑った。

「違う違う!!そんな訳ないじゃない!! 確かに、和樹君もいい人だけど 私が好きになったのは別の人!!」
「そう。そうよね‥‥。変なこと聞いちゃったわね」
「変なお母さん。 でね、今度の日曜に連れてこようと思うんだけどいいかな?」

「ねぇ?彼氏が出来たからって家に連れてくることないんじゃない? 普通、相手も嫌がるんじゃないの?親に紹介とかって‥‥」

見苦しい、言い訳だ。
いい大人が、こんなことでうろたえてどうするんだろう。
会いたくない。それが本音。
留美が和樹君を忘れて、違う男の子を連れてくる。
いつかはそんな日がくると思っていた。
でも、やっぱり耐えられない。
和樹君のことを本当に嬉しそうに話す、 娘の姿を今でもまだ鮮明に思い出すことが出来るから‥‥。

「違うわよ お母さん!達也君が、あっ 達也君って私の彼氏ね。 で、達也君が私の家に来たいって言ったのよ」

「あっ、‥‥そう、なの」

変わった子もいるものね。そう、私は思った。
それと同時に、和樹君以外の彼氏と楽しそうに話す 娘の姿をこの目で見ることになるのかと思うと、 少し胸が苦しかった。

********

嫌だ嫌だと思っていても、 時間は止まることなく流れ続けあっという間に約束の日曜日がきた。

「こんにちは、斉藤 達也です」

やって来た少年は、爽やかな笑顔を私に見せてくれた。
きっとこの子は 悪い子じゃない。
どことなく、和樹君に似ているような気がした。
見た目じゃない。何か、内面的なもので‥‥何となくそう感じた。

でも、和樹君ではないのだ。

どうして、娘の連れてきた彼氏が 和樹君ではないのだろう‥‥。
そんな思いが、あの事故から一年経った今でも頭の中で巡っている。

「あの‥‥‥」
「‥‥‥‥?」

ボーっとしている内に、 靴を脱ぎ私の目の前まで来ていた 留美の新しい彼氏は 真剣な顔をして「少し‥‥話を聞いてもらえませんか?」と言った。

「和樹の‥ことで‥‥」

その名前を聞いて、私は少し戸惑った。
どうして今、 この子の口から和樹君の名前が出てくるのだろう?と‥‥‥。


達也君は留美に「あとで行くから」と言って、 一人私と話をするためにここに残った。
妙に緊張してしまう。
こんなことは本当に久しぶりだった。

「―――ここに来たのが、和樹じゃなくてすみません」
「えっ?」
「がっかりしたんじゃないですか?」
「そんなこと‥‥」

達也君の言ったことがあまりにも突然すぎて、 動揺を隠し切れなかった。
それを見た 達也君は少し切なげに顔を歪めて、 そして薄く微笑んだ。

「隠さなくてもいいですよ。遠慮しないで言ってください。 俺は 和樹の親友で、どれだけ留美ちゃんと仲が良かったのかも知ってるし。 和樹がどれだけいい奴なのかも知ってる」
「‥‥親友の彼女と、あなたは付き合うことにしたの?」

自然と口調が少し冷たくなってしまった。
どうしてこの子は、 親友だという和樹君の彼女だった留美と付き合えるのだろう?
後ろめたいとか、悪いとかという気持ちはないのだろうか。

「留美ちゃんのことは、過去のことだと‥‥‥あいつは言いました」
「‥‥‥そ‥う」

和樹君は もう過去のことで片付けられるようになったということだ。
それなのに私は、未だに過去のこととして片付けることが出来ない。

「あ、勘違いしないで下さいね。 和樹はまだ、留美ちゃんのことが好きなんですよ」
「‥‥え?」
「和樹はまだ留美ちゃんのことが好きです。 好きだからこそ、留美ちゃんの心の変化にもすぐに気付いた。 好きだからこそ、留美ちゃんの幸せを願った」
「‥‥留美の幸せ‥」
「俺も、留美ちゃんのことがずっと好きでした。 でも、和樹と付き合ってた頃の留美ちゃんを誰よりも知ってるから、 だから、俺は‥‥あの事故が起こったあとも、 留美ちゃんと付き合いたいだなんて考えもしなかった」
「じゃあ、どうして今‥‥付き合うことになったの?」
「頼まれたから‥‥、和樹に。留美のことをよろしく頼むって」
「‥‥和樹君に‥‥?」
「和樹は、留美ちゃんのことが本当に好きで好きでしょうがなくて!! でも、自分にはもう 留美ちゃんを幸せにすることが出来ないからっ! 俺に、頼むって‥‥そう、言って」
「‥‥‥‥‥」
「最初は、俺だって留美ちゃんと付き合うつもりなんてなかった!! 留美ちゃんことは好きだったけど、 でも、和樹と付き合ってた留美ちゃんも好きだったから!! だから、告白されたときも 付き合う気なんて全然なかった!!」

どうしていつも、この子達ばかりがつらい思いをするのだろう。
目の前で、和樹君のことを話す彼は すごくすごく辛そうに見えた。

「―――俺は 自分で思っているよりも、もっともっと無力で! 何かしてやりたかったのにっ、何も出来ない!! いつか記憶が戻るかもしれない。 でも、そんな無責任なことを簡単に言うことは出来なくてっ!! ただ、見ているだけしか出来なかった。 和樹の話す 想いのひとつひとつをただ聞くことしか出来なかった」

涙が、こぼれそうだった。

何も出来なかったのは、 達也君だけじゃなくて‥‥私達もだった。

気にしなくてもいいと、 そう言って立ち去っていく和樹君を 引き止められずに見送ることしか出来なかったのは 私と夫だった。

「だから、和樹の代わりに留美ちゃんを守ることが‥‥ 俺の出来る 唯一のことだと思ったんです」

きっと 和樹君と同様に、目の前の彼も苦しんでいるのだ。

それが、彼の発する言葉や表情で 痛いほどよく分かった。

「おばさん。 もし、留美ちゃんが和樹のことを思い出したなら‥‥ 俺は潔く身を引きます。だから、その日が来るまで 俺のことを彼氏として受け入れてくれませんか?」
「あなたは‥‥、それで いいの?」

突然の達也君の提案に戸惑う私に、 達也君は笑ってこう言った。

「言ったでしょう? 俺は、留美ちゃんのことも好きだけど 和樹のことも好きなんだ。 俺が一番好きだった留美ちゃんは、 和樹と付き合ってた頃の留美ちゃんなんですよ。 ‥‥待ちましょう、 留美ちゃんが和樹のことを思い出す日がくることを信じて」

「―――‥ええ。‥‥そうね」


精一杯堪えていた涙は、 その達也君の言葉に合わせて、我慢できずに溢れ出した。


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