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私 と 彼 と 時 間
10
あなたの怒りに満ちたあの顔が忘れられない。
「有紗。‥‥何か欲しいものある?」
「‥‥いらない。何も」
「そう。じゃ、足りないもの家に取りに行ってくるわね」
お母さんはそのまま私の病室から出て行った。足りないものを取りに帰ると言って。
「何言ってるのよ。‥‥取りに行ったって、無駄になるだけじゃない」
どうせ私は、‥‥死ぬんだから。
そして、ふと思い出すことがあった。
「‥‥受け取って、‥もらえたかな」
昨日、綾香に電話してカードと共に託したチョコレート。
本当は自分で手渡したかったけど、明日手術とか言われたら‥‥もう、自分では渡せないし。
いっそのこと渡さないほうが良かったのかもしれない。これで私が死んでしまえば尾沢に嫌な思いをさせる
ことになるかもしれない。
でも、どうしても渡したかった。最初で最後の私の手作りチョコレート。
「受け取れないね。あんなもの」
「!?」
突然聞こえてきた声にハッとする。
私が聞き間違えるはずがない。なら、これは夢だろうか?
だって、‥‥尾沢が私のすぐ近くに立っている。
「受け取れるわけないだろ?本人が持ってきたものじゃないんだから」
「‥‥何‥で‥‥?」
ごそごそと鞄の中をいじる尾沢。目当てのものを見つけると、それを私に向かって放り投げる。
「ほら。返すよ」
そう言って 私の手元に投げ返されたものは、昨日綾香に託したはずのチョコレート。
「‥‥そっか、そうだよね。重いよね。こんなの、‥‥いらないよね」
「はぁ?お前何言ってんの?」
「‥‥聞いたんでしょ?でないと、ここに来るはずないもんね」
「まぁ、な」
「だからでしょ?ゴメンネ。やっぱり迷惑だよね。これから死ぬかもしれない奴からチョコなんて、‥‥気
持ち悪いよね。‥っ!?」
右頬に感じた衝撃。ジンジンと痛み出す頬を右手で押さえる。
「痛いじゃないっ!!何すんのよ!?」
「お前がいつまでも馬鹿なことばかり言ってるからだろ!?」
「‥っ!!」
あまりの剣幕に思わず息を呑む。
怒ってる。そのことが充分に感じられた。その表情で、目で、空気で。
「死ぬなんて、そんなに簡単に言うな。まだ、そうと決まったわけじゃない」
「‥っ。簡単に言わないでよ!!尾沢君に私の気持ちなんて分からない!!成功率が5%しかない手術を受
ける私の気持ちなんて、あなたには分からない!!」
「分からないさ!!分かるわけないだろっ!?そんな難しい手術を受ける気持ちなんて、俺が分かるわけな
いだろ!?」
「ならっ、ほっとけばいいじゃない私のことなんて!!関係ないでしょ!?」
「関係なくなんかない。俺は、‥‥仲尾のことが好きだから」
周りの音が聞こえなくなり、早まる鼓動の音だけが私の耳に届いてた。
「ばっ馬鹿なこと言わないでよ。同情なんかいらない。無理して言わなくたっていい!!」
「同情なんかじゃない。俺は、お前のことが好きだよ。今更、佐中のこと頑張れとか言われても無理に決ま
ってるだろ?‥‥こんなはずじゃなかったよ。俺がお前を好きになる確率なんか、5%も無いと思ってた。
けど、俺はお前を好きになった」
「なら、どうしてチョコ‥‥受け取ってくれなかったの?」
「言ったろ?本人からでもないのに受け取れないって。俺は、仲尾から欲しかったんだよ。だから、ここま
で来たんだ」
「‥‥馬鹿‥っ‥じゃない‥の?」
「その馬鹿を好きになったのは、お前だろ?」
流れる涙は、止めようと思っても止めることが出来なかった。
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