BACK | NEXT | TOP

● 運命という輪の中で --- 第三章「夏休み」(2) ●

大切な誰かを失った。
あの時の俺には、最後の願いを叶えてあげる力さえなかった。

**********

ミーン ミーン ミーン ミーン

夏にしか活躍の場がないことはわかっているが、この暑さの中でこれだけ元気に鳴かれると、俺はある意味セミを尊敬する。

「‥‥‥毎年、よく頑張るよな」

公園のベンチに座って、なんとなくそんな事を考えていると足元にボールが転がってきた。
ボールを拾って顔を前に向けると、少し離れたところで小学生が五人くらい遊んでいた。その内の一人が大きく手を振ってこっちに向かって何かを叫んでいる。

「お兄ちゃーん!!ボール投げてー!!」
「あぁ、行くぞ!!」

ちょうどいい高さで、男の子のところにボールが届くように注意して投げた。
俺の投げたボールは、緩やかな弧を描き、男の子の伸ばした手の中に無事収まった。ちゃんと思い通りにいったことに少しだけホッとする。

「ありがとーう!!」

そう言って笑った男の子に軽く手を振ったあと、俺は公園を出て駅に向かった。

**********

電車に乗り、海の見える町で電車を降りた。空気のきれいな場所だ。小さいときに、体の弱い母とここで暮らしていた。
少し歩いて小さな丘を登った。そこに、母さんの眠る墓がある。

「おや?里美さんの息子さんじゃないかね?」
「あっ、こんにちは‥‥」

母さんの墓の前には、先客がいた。
この初老の男性:金山さんは、母さんが元気だった頃の患者さんらしい。ちなみに母さんの職業は看護士である。

「毎年、母の墓参りに来てくださって、本当にありがとうございます」
「いやいや。感謝するのは私の方だ。当時、この私を根気よく世話してくれたのは里美さんだけだった‥‥‥」

金山さんはそう言って、目を細めた。きっと、その頃の思い出を思い出しているのだろう。

「それにしても‥‥‥里美さんが亡くなってから、もう六年も経つのか‥‥‥」
「‥‥そうですね」
「‥‥‥それじゃあ、私はもう失礼するよ」
「あっ、はい。今日は本当にありがとうございました」

金山さんの帰りを見送ってから、俺は母さんの前に花を供えた。

「母さん。俺も父さんも元気にやってるよ。‥‥‥父さんは今、ドイツで、ここには来れない。俺だけ‥‥日本に戻ってきたんだ。もう、ドイツに戻る気はない。いいだろ?母さん‥‥‥」

母さんが愛していた父さんを、俺は‥‥‥愛することが出来ないから‥‥。

第三章「夏休み」(完)
BACK | NEXT | TOP
Copyright (c) 2004 huuka All rights reserved.
 


100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!